"大正十四年、卒業式で制服を脱いだ三十七人――母の署名に隠された秘密" 第1話
枚の紺
卒業証を入れた黒塗りの盆が、のに置かれた。その盆の向こうで、の女がいっせいに紺のを脱いだのは、正、午をし回った頃だった。
信州の町にある私梓等女学の講堂は、まだのえを残していた。壁には国旗と旗、正面にはをけた壺がつ。保護者の席には羽織袴の男たちやれ着の女たちが並び、列には町の呉商と学の援会役員が腰をろしていた。誰もが、今の卒業が揃いの装で証を受け取るものとっていた。
ところが女たちは、を脱いでも肌着姿になったわけではなかった。には入れした古い袴、兄のおがりを直したブラウス、母親が継ぎを当てた綿の着物が見えた。紺のを胸に抱え、がまっすぐを見つめていた。
「誰が、こんなことを許した!」
の梶原がちがると、講堂の板が鳴った。返事をしたのは、列の端にいた歳の林操だった。母が何度も繕った濃い茶の袴の裾を、操はひそかに指で押さえた。
「着ることをいられるなら、着ないまま卒業させてください。の代が払えないを、卒業のからさないでください」
保護者の席がざわめいた。担任の佐伯千枝は歩へかけて止まった。
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操の隣で、裕福な織物商の娘・藤環が、借り物ではないしいブラウスの袖を握っている。まで環は、この計画に反対していた。それでも今は皆と同じ所にっていた。
「式は全員に用されている。今ここで脱ぐ理由はない」とは言った。「学の決定を侮辱するつもりか」
「全員のに、同じ余裕があるわけではありません」
操の声は広い講堂で震えた。父がくなって、母ちせは町の裁縫所で針をかしている。操がいま胸に抱くも、母が夜に灯をづけて仕げたものだった。にはまだ、娘が抗議するために母の縫ったを脱いだという事は見えていない。
講堂のろで、ちせは娘を見つめていた。縫い賃がまだ支払われていないの裏が、操の指先でほんのしめくれている。ちせはそこから目を逸らせなかった。
援会の居がちがり、「そのを作った職に失礼だとわんのか」と声を張りげた。操は答えようとして言葉に詰まった。職に失礼なことをしているのではないか。その疑問こそ、昨夜まで彼女を眠らせなかったものだった。
「いったん着席しなさい」と佐伯が静かに言った。しかしは首を横に振り、黒塗りの盆を自分の机へ引き寄せた。「謝罪するまで、証は渡さん。学の名を汚した者を、そのまま卒業させることはできん」
列のでさく息をのむ音がした。操たちは今の式を止める覚悟はしていたが、証まで取りげられるとはっていなかった。操が歩へると、ろの席から別の声ががった。
「証より先に、縫い代を払っていただきたい」
ちせではなかった。町の裁縫所を取りまとめる宮はるが、に紺の帳面を持ってっていた。「その着を作った女たちは、まだ銭も受け取っておりません」
の顔からりが消え、代わりに戸惑いが浮かんだ。操は振り返って母を見た。ちせは唇を固く結んでいた。卒業のために起こしたが、母の暮らしを危うくすることになるなど、操はまだ何つらなかった。