"赤ペンで消した夫" 第21話
の原稿用
季節は巡り、の音がはっきりと聞こえ始めたの末。 の古い寺の境内につ枝垂れ桜が、桃のびらをに揺らしていた。 け放たれたアパートの窓から、の微に乗って、柔らかな桜のびらが枚、ひらひらと子の部の畳のにいりた。
欅の文卓のには、完璧に正を終えた『のの呼吸』のゲラ刷りが、美しくえられて置かれている。 、声社の編集部へ納品される予定の、誇らしい成果物だった。
子はちがり、台所でい緑茶を淹れた。 湯呑みを持って窓辺にち、満の桜を見げる。 が吹き抜けるたび、びらが青空へといがっていく。
也は今頃、解けのむ国の倉庫で、何をいながら文庫本の箱を運んでいるだろうか。 朝倉希は、虚飾を奪われた現実ので、自分の無力さとどう向きっているだろうか。 だが、そのすべては、もはや子のの領分ではない。 彼らは自らが蒔いた嘘の種によって自滅し、自らの因果の果てにきているに過ぎないのだから。
子は文卓へと戻り、引きしの奥から束のを取りした。 それは、のいた原稿用ではなく――文具で自ら求めてきた、百字詰めの真っな原稿用だった。 罫線だけが引かれた、無垢で、清潔な。
子は赤いペンではなく、用の黒い万をに取った。 インクを吸入し、ペン先をいのマス目のへとろす。
これからは、のいた物語の誤りを直すだけではない。 自らが選び、自らが歩む、しいという名の物語を、自分自の言葉で綴っていくのだ。 誰のに隠れることもなく。 誰の嘘にも惑わされることなく。 の誇りき表現者として、堂々と。
カチリ、と古い柱計が正午を告げた。 子は穏やかに微笑み、のに満ちた最初のマス目へと、力く、迷いのない致で、最初の文字をき入れたのだった。