"産後七日目の決別" 第1話
たい病の宣告
産目の午。晩の暗い差しが、産ケア施設の個のカーテンをぼんやりと透かしていた。
部のには、独特の静けさと微かな消毒液の匂いが漂っている。ベッドのでは、わずか週の娘・つむぎが、いおくるみに包まれて穏やかな寝息をてていた。そのさな胸が規則正しくするのを見つめながら、真帆(まほ)はサイドテーブルに置かれた荷物の理をしずつめていた。
しかし、その作はひどく緩だった。
緊急帝王切で産した腹部の切創は、術週が過ぎてもなお、体をし屈めるだけで灼けつくような激痛をらせる。お腹の筋肉に全く力が入らない。度の貧血により、ちがるたびに界がくかすみ、の奥でキーンという鳴りが鳴り響く。母乳もうようにず、胸の張りによる鈍痛と発が追い打ちをかけていた。
本来であれば産院から直接自宅へ戻る予定だったが、退院診察の際に歩すら覚束ない真帆の状態を見かねた担当医が、この医療法併設の産ケア施設への期滞をく勧めてくれたのだ。
「真帆さん、絶対に無理は禁物ですよ。帝王切は派な腹術なんです。お腹の皮膚や筋肉だけじゃなく、子宮まで切って縫いわせているんですから。
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全治ヶの傷を負っているのと同じなんですからね」
助産師の黒田が、いつものように穏やかな笑顔で部に入ってきた。には温かい麦茶のポットと、真帆の血圧計が握られている。事の配膳から、真帆が眠るための夜のつむぎの預かり、授乳姿勢の指導に至るまで、黒田をはじめとする助産師たちのいケアがなければ、真帆のはとっくに限界を迎えていただろう。
「こんな価な施設を何も使ってしまって、夫に申し訳ない気がして……」
入所初に涙ぐみながらそう漏らした真帆に、黒田は真剣な差しでこう言ってくれた。
「お母さん、使っていいからこの所があるんですよ。お母さんが倒れてしまったら、誰がこの子を守るんですか? 体を回復させることは、母親としての派な仕事なんですからね」
その言葉にどれほど救われたかれなかった。
はいよいよ施設を退所し、自宅へ戻る予定だった。
午、部のドアがノックもなくいた。
入ってきたのは、夫の直(なおと)だった。歳の会社員。堅メーカーの営業企画課に勤め、頃から「俺は将来の管理職候補だ」と自負している男だった。普段着のヨットパーカーにチノパンというラフな姿で、ぶらのまま部へ入ってくると、備え付けのさなパイプ子にドサリと腰をろした。
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「おい、退所の準備は終わったのかよ」
番、妻の体を労る言葉も、娘の顔を覗き込む仕もなかった。
黒田が気を利かせて、るいトーンで直に声をかけた。
「お父さん、お疲れ様です。ちょうどよかった。からご自宅での活が始まりますから、退所されるにし、赤ちゃんの抱っこやおむつ替え、沐浴の順を緒に練習してみませんか?」
直は怪訝そうに眉をひそめ、黒田を見げた。
「……は? 何をですか?」
「おむつ交換や、ミルクの適温の測り方、それから首が座っていない期のお呂の入れ方です。ご自宅へ戻られてから、お父さんも通り把握しておかれた方が、お母さんもですから」
直はあからさまに面倒くさそうな溜息を吐き、子の背もたれにく寄りかかった。
「いや、俺、仕事があるんで。そういうのはちょっと」
「直さん、今は曜で会社はお休みだって伺っていますよ」
真帆がお腹の傷をで押さえながら、懇願するように夫を見つめた。
「お願いだから、黒田さんに教えてもらって。私、まだでかがんだり、いものを持ったりできないの。階段もすりにつかまって段ずつしかがれない状態なのよ。つむぎは夜もおきに泣くし、自宅に戻って最初の数だけでもいいから、夜のミルクやおむつを緒にやってほしいの」
真帆の必の訴えに、直は骨に嫌な顔を作った。
「だからさ、俺はで仕事をして稼いでるんだろうが。おたちが活できるようにを入れてるんだから、のことや子供の面倒はおの役割だろ」
「私だって夜にしでも眠らないと、本当に倒れちゃうのよ! 帝王切の傷だってまだ塞がってないのに……」
「昼に寝ればいいだろ。施設にいるだって、そうやって預けて昼寝ばっかりしてたんじゃないのか?」
「昼に赤ちゃんをにしてどうやって寝るのよ! ここは助産師さんが見ていてくれるから休めるの!」
黒田が見かねて、厳しい調にならないよう注しながら割って入った。
「お父さん。産の女性の体は、交通事故で全治数ヶの傷を負った状態と同じなんです。特に帝王切のは、腹圧をかけることすら激痛を伴います。昼にで児を見ながら休むことなど、到底能です。ご自宅へ戻られたら、お父さんの積極なサポートが絶対に欠なんですよ」
直の顔が、屈辱と苛ちで赤黒く染まっていった。腕を組み、貧乏揺すりを始める。
「なんなんですか。まるで俺が全く何もしない、酷い夫みたいに聞こえますね。で汗流して働いてる男の苦労もらないで」
「そういうで申しげているのではありません。
今のお母さんの体の現実をお伝えしているんです」
黒田の毅然とした言葉に、直はちがった。そして、ベッドで眠るが子を瞥することもなく、妻に向かってえ切ったナイフのような言葉を吐き捨てた。
「だったら、いいでしょう。産んだが、自分で育てればいい」
その言が落ちた瞬、病の空気が完全に凍りついた。