"産後七日目の決別" 第10話
跪く夫と揺るぎないへ
の澄み切った陽が差し込む、つむぎの歳の誕。
直はさな包みをに、実を訪れていた。
客のベビーベッドので、つむぎがすやすやと穏やかな寝息をてている。直はその傍らに正座し、娘のさなをそっと指先で撫でていた。
こので、直は見違えるように変わっていた。
おむつ替えも、乳のべさせ方も、急な発の夜対応も、で完璧にこなせるようになっていた。会社の同僚との無駄なみ会はすべて断り、定で退社して育児を読み込み、養育費の支払いもたりとも遅れたことはない。
つむぎも今では直の顔を見ると「パパ!」と声をげて満面の笑みで抱きつくようになっていた。
つむぎがく眠りに落ちたのを見届けると、直は静かにちがった。
そして、座布団に座っていた真帆の正面へと歩み寄り——ドサリと、両膝を畳についた。
「直さん……?」
直は々と両を畳につき、額をに擦り付けた。座の姿勢のまま、震える声で言葉を絞りす。
「真帆……お願いだ。もう度、俺を夫にしてほしい」
客に、男の必の懇願が響いた。
「俺があの産ケア施設で言った言葉が、どれほど残酷だったか……この、骨の髄までいった。俺は最なだった。
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でも、この、おとつむぎを取り戻すために必でやってきたんだ。仕事も調する。のことも全部やる。母さんからの干渉も、俺が命懸けで防ぐ。だから……で、もう度あので暮らしてほしい」
男の目から、粒の涙が畳のにボロボロとこぼれ落ちていた。
真帆はい沈黙の、目ので跪く夫を見つめていた。
産ケア施設で「産んだが育てればいい」と吐き捨てた酷な男。 分で泣く娘を放りし、会社が取らせてくれないと嘘をついた卑怯な男。 そして今、にまみれて育児を学び、娘のためにをげる男。
すべて、同じ直というだった。
彼がから反省し、血の滲むような努力をねてきたことは、真帆も痛いほどっていた。
だが——真帆のには、片の迷いもなかった。
真帆は静かに、しかし凛とした声でをいた。
「直さん。顔をげて」
直がすがるような瞳で、涙に濡れた顔をげた。
真帆は夫の目を真っ直ぐに見据え、たった言、告げた。
「私はあなたに、夫に戻ってほしかったんじゃないの。……あのからずっと、つむぎの父親になってほしかっただけよ」
その瞬、直のが完全に止まった。
「え……?」
「あなたがこの頑張ってきたのは、つむぎのためじゃなく、私を取り戻すためだったのね。『良い父親になれば、妻が許してに戻ってくるはずだ』という、取引だったんでしょう」
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直の息が詰まり、顔面から血の気が引いていった。図だったのだ。
「努力すれば、壊した信頼が元通りになるなんて、そんな都のいい魔法はこの世にないわ。私が帝王切の激痛ので、ぬいででち向かったあのの絶望は、あなたがどれほど派な父親になっても、消えることはないの」
真帆は優しく、しかし決定な境界線を引いた。
「あなたは、つむぎの素らしい父親になったわ。それはから尊敬しているし、謝している。でも、私の夫に戻る席は、もうこののどこにもないのよ」
直はそのに崩れ落ち、両で顔を覆って声をげて泣き崩れた。
復縁という名の甘いが、音をてて完全に崩壊した瞬だった。
どれほど泣き叫んでも、過は巻き戻らない。自分が放った言の代償は、涯をかけて背負い続けなければならないのだ。
やがて、直は震えるで涙を拭い、掠れた声で尋ねた。
「……俺は、婚しても……つむぎの父親でいていいのか?」
真帆は微笑み、静かに頷いた。
「ええ。私を取り戻すためではなく、つむぎのために続けられるなら、何度でも会いに来てください」
「……分かった。ありがとう……」
直はく、くをげた。
その、は杉弁護士を交え、公正証による極めて円満な婚続きを完させた。養育費、面会交流のルール、病気や事の際の連絡体制。
すべてが「子供の幸福」を最優先にした形で、淡々と取り決められていった。
それから。
初の爽やかなが吹き抜ける総病院の児科。
歳になったつむぎの定期健診を終えた真帆が、待のベンチで靴を履かせようとしていた。眠気でぐずり始めたつむぎが、をバタつかせて泣きそうになっている。
「つむぎ、もうしだからね」
真帆が抱きげようとしたその、隣にいた直が自然な仕でスッとを差し伸べた。
「俺が抱っこするよ」
直は慣れたつきでつむぎをひょいと抱きげ、廊をゆっくりと歩き始めた。
「眠いよな。お腹も空いたよな」
優しく背をトントンと叩く直のには、迷いも力みもなかった。伝っているという傲さも、元妻に褒めてもらおうとする卑屈なも、そこには切しなかった。
やがて、つむぎは直の広い肩にコテンとを預け、しきった顔でい眠りに落ちていった。
「寝たよ」
直が声で微笑みかけると、真帆も穏やかに微笑み返した。
「うん。寝たね」
はもう、夫婦ではない。
しかし、傷つけう敵同士でも、嘘で塗り固められた偽りの族でもない。
の尊い命を、それぞれの所から涯をかけて守り抜く——揺るぎない「父と母」という名のパートナーになっていた。
あの、たい病で放たれた「産んだが自分で育てればいい」
という残酷な呪いは、の歳を経て、完全に消滅した。
言葉で取り消す必など、最初からなかったのだ。
父親になった男が、ただ当たりのようにが子を抱き、温かいののを歩んでいたのだから。