エジプト出身のタレントであるフィフィが、裸婦像の撤去運動について自身の意見をSNSで発信しました。この運動は、公共の場に置かれた裸婦像が適切でないとされ、自治体がこれらを撤去する動きが全国で広まっていると報じられています。フィフィは、声の大きな少数派がこの問題を提起しているのではないかと指摘し、芸術を品位なく見る視点に疑問を投げかけています。
彼女の投稿には賛否両論の意見が寄せられており、議論が続いています。
この事件には批判的にアプローチする必要があります。裸婦像が公共の場から撤去される動きは、芸術表現と公共の評価のバランスを欠いているといえるでしょう。この動きが進む背景にあるのは、少数の意見への過剰な対応と、公共空間での芸術理解の不足です。まず、自治体が住民と十分な対話を行い、様々な視点から芸術作品の価値を評価するプロセスが必要です。次に、教育を通じて芸術作品が持つ歴史的、文化的意義を住民に伝える仕組みを整えるべきです。そして、意見の多様性を尊重しながら、公共空間での芸術作品の展示基準を明確化することが解決策となり得ます。私たちは、芸術を理解し尊重することで豊かな社会を築けるのです。
ネットからのコメント
1、裸婦像とか絵画とかパブリックな場にふさわしいかは微妙っていうか違和感あるなって子供心に思っていた記憶があるから、それをどうのと批判する人を全否定はしない。
ただ、今税金を投入してまで変えたりする必要はないと思う。公共施設などを改築する際に像は移設すればいいだけだし、わざわざ巷の少数意見を手厚く優遇するほど財政は潤ってないと思う。
2、裸婦像をワイセツなものとするなら、公共の場からの撤去ではなく廃棄しないといけない理屈になると思うが。即ち全国の美術館等で展示されているものについてR20等として制限するなり、展示物も廃棄しないとおかしな理屈になる。またなぜ裸婦像のみ対象となるのかも不思議だ。男性の像や小便小僧等も全て廃棄の対象とならないとおかしい話になる。
3、その通りだね。猥褻性のない裸婦像だろう。美術館設置に限定する必要はない。主観的な「見ていて恥ずかしくなる」で撤去するならば、世の中に出回ってよく目にする、性をイメージする掲示物や印刷物は全て隠さなければいけなくなる。
4、不快に思う人がいるのもなんとなく解る。とはいうものの、撤去したり廃棄するほどのものとも思えない。これからは設置しない、あるいはよく考えてみる、くらいのことではダメだろうか。費用を考えるなら、服でも着せてみるのはどうだろう。
アニメスパイファミリーでアーニャが指さして「すっぽんぽん!」と美術館の作品に言うのを思い出した。芸術かどうか以前に、そこに目が行くのは仕方ないのかもしれないけれど、大きい声の人にばかり迎合するのはいささか狭量に堕すのではないか。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/484cfcead99c11d5326b4f68e7758056de8e1462,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]