戦後、日本政府は連合国軍の占領に備え、1945年8月17日に慰安施設設立を進めた。この施設は、占領軍による一般女性への性暴力を防ぐためとされ、数万人の女性が「女の特攻」として動員された。終戦2日後に東久邇宮稔彦内閣は、慰安施設整備を開始し、9月2日には日本が降伏文書に調印。占領軍に対する慰安施設設営が急速に進んだ。主に東京都のRAAが管理し、過酷な状況に女性を置いたまま「自衛を求める」という矛盾が存在。
占領下での性暴力の実態は、「日米合作の性暴力」として長らく封印されてきた。
この問題は、国家が率先して女性を犠牲にし、社会的な矛盾を助長した典型例です。敗戦直後に設けられた慰安施設は、占領軍による性暴力の盾とされ、国家の方針がもはや人道的配慮を欠く行為であったことが明らかです。問題の核心は、女性を保護するどころか、彼女たちを商品として扱うような施策を取ったことにあります。まず、過去のこうした非人道的行動に対する真摯な反省と謝罪が必要です。次に、教育や啓発活動を通じて、この歴史の事実を広く知らしめることが求められます。そして、性暴力被害者に対する継続的な支援と保障を提供する制度を構築することが急務です。こうした改革があることで初めて、日本は女性の尊厳を守る国としての姿勢を内外に示すことができるでしょう。
戦後80年を超えた今、私たちは過去の教訓を胸に、未来へ向けた確固たる一歩を踏み出す必要があります。
ネットからのコメント
1、イギリス人の老紳士から英語を学んでいた時に、第二次大戦当時の日本人はとても残虐だった。と言われ、欧米人こそがアジアで残虐なことをした。そのため、日本は自衛のため戦争に向かわざるを得なかった。第二次世界大戦では、一般人の女子供までもが戦闘機で追いかけられ、銃撃され、◯された。欧米人の方が残虐だった。と主張したが、鼻で笑われ、とても腹立たしい思いをしたことがあった。結局、勝てば官軍負ければ賊軍で、内容がどうであれ、勝った側が正義で、負けた側が悪となり、その前提で歪んだ歴史が正しいものとして語り継がれる。歴史は第三者目線での公平な検証がされない限り、正しい事実は見過ごされ、同じ過ちが繰り返されるだけ
2、ベトナム戦争で米兵や韓国兵がベトナム人にやった事…朝鮮戦争でも同じ。ウクライナ、ロシアでも同じ。暴力により傷つきはするが、生き残るのは女性で、女性の人口比率が上がってる。戦争にルール何て無いんだよね。
女性を守りたいなら平和を叫ばないとだね。
3、子どもの頃に慰安所をテーマにしたドラマを見たことがあって衝撃でした。満州やベルリンでのソ連兵の性暴力も然り。だからこその慰安所設置が、悲しいけれど当時の普通だったんだろう。特に歴史から封印されてたとは思わないけど、こういう思想なんだなという記事ですね。
4、ノルマンディー前の英国でも米兵による婦女子派の暴行事件などが問題となっており、男ばかりが集まる軍隊ではどこの国でも付きものの問題だった。当時の政府の施作は今の時点では容認はできないが、当時としては合理的であり、一般の女性を守るためには他に方法が無かった。今の倫理観で過去を糾弾することは誰でもできるが、そんなことに意味があるのか。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/17fd3203a844ccfe6b5fde5d2edd96110475919f,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]