"娘の遺した手紙" 第1話
最の娘を見送ったの夜、私は夫にを追いされた。
10歳の娘、美緒の遺骨を胸に抱いて自宅へ戻ったのは、午9を過ぎた頃だった。黒い喪にはまだ線のりが染みつき、目を閉じると、いに囲まれたさな棺が浮かんだ。
美緒は半、難しい臓病と診断された。入退院を繰り返しながら治療を続けていたが、3の夜に容体が急変し、そのまま帰らぬとなった。
私は佐藤陽子、43歳。20く連れ添った夫の賢治とのに授かった、たった1の娘だった。
美緒の笑顔だけが、え切った夫婦関係ので私を支えていた。苦しい治療にも泣き言を言わず、病へくたびに「お母さん、今も来てくれてありがとう」と笑う優しい子だった。
そのさなを失った私は、葬儀が終わっても涙さえ流せなくなっていた。
遺骨の入ったい箱を抱きしめ、リビングのソファへ腰をろす。部には葬儀から戻ったばかりとはえないほど軽な子音が流れていた。
夫の賢治が、喪のままスマートフォンで画を見ていたからだ。
通夜や葬儀のも、賢治は美緒の棺へほとんどづかなかった。の段取りを相談しようとしても、面倒そうにを振り、「にしてくれ」と繰り返すだけだった。
私はただ点を見つめながら、掠れた声で呼びかけた。
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「賢治さん。美緒の納骨のことなんだけど……」
返事はなかった。
聞こえなかったのかとい、もう度声をかけようとした瞬、背へ鈍い衝撃がった。私は遺骨を抱えたままソファから滑り落ち、膝をへく打ちつけた。
何が起きたのか分からず振り返る。
そこには苛った顔で、をろす賢治がっていた。
「いつまでそんな湿気た顔で座ってるんだよ。邪魔なんだ」
信じられなかった。
娘をくしたばかりの妻を、夫が背から蹴り落としたのだ。幸い遺骨の箱は腕のにあったが、しでもを緩めていればへ落としていた。
「何をするの? 今は美緒のお葬式だったのよ」
震える声で尋ねると、賢治はで笑った。
「だから何だよ。んだのことばかり考えても仕方ないだろ。それより、きている俺たちの話をしようぜ」
「俺たち?」
「娘もんだんだ。おみたいな役たずを、このへ置いておく理由はもうない」
賢治はテーブルのからを取り、私のへ放り投げた。へ落ちたのは、賢治の署名が入った婚届だった。
「美緒との縁が、俺とおをつなぐ最のものだった。それもなくなったんだから、もう終わりだ」
私は婚届と夫の顔を交互に見た。
「今夜、このをていけ」
「ここは私たちが暮らしてきたでしょう?」
「俺が働いて買っただ。
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稼ぎも学歴もない専業主婦に権利なんかあるかよ」
賢治は私を見ろし、唇を歪めた。
「卒で職歴もない43歳の女が、今さら何をできるんだ? 俺が養ってやったから並みに暮らせたんだぞ」
私はを卒業していない。
それは事実だった。だが、庭が貧しく学できなかったわけではない。
17歳の、祖父の会社を継ぐためへ渡り、現の学で経営と産管理を学んだ。その、本の等学卒業程度認定試験にも格していたが、賢治には話していなかった。
彼は、私が頼れる親族も財産もない女性だとい込んでいる。
20に会った、私は祖父の遺言に従い、自分の柄を隠した。
本当のは、相の肩やをらないにこそ見える。
祖父のその言葉を信じ、私は財産を伏せたまま賢治と結婚した。実とは折りいが悪く、帰る所がないと説していた。
「黙っていないで、何か言ったらどうだ?」
賢治の嘲笑が響いた。
「文無しで放りされると分かって、声もないか?」
私はゆっくりとちがった。乱れた喪をえ、美緒の遺骨を壊れ物のように抱き直す。
議なほどは静かだった。
娘がきていた、私は庭を壊すことを恐れていた。美緒から父親を奪ってはいけないとい、賢治の侮辱にも無関にも耐えてきた。
だが、その美緒はもういない。
守ろうとしていた庭も、最初からしていなかったのだ。
「分かったわ。今すぐていきます」