"トウモロコシ畑に消えた母" 第5話
「お母さんは病気じゃない」
「を取って、疑いくなっていた。俺がを奪うとい込んでいたんだ」
「薬って何?」
「俺の会社の商品だ。違法なものじゃない」
「農協の庫に証拠があるって」
健の目がたくなった。
その夜、健は紀子を寝からさず、何も話し続けた。母親が娘夫婦を別れさせようとしていたこと、紀子が母親の言葉を信じれば2の活が壊れること、精神状態が定だから事実を正しく判断できていないことを繰り返した。
午4頃、紀子は泣きながら謝った。
翌、帳はなくなっていた。
農協の庫からは、健の会社の負債資料と、芳子がの元員から受け取った薬物取引に関するメモが発見された。しかし、紀子がそれをることはなかった。
健が先に庫をけ、資料を持ちったからである。
20043、紀子は自宅でくなった。警察は、く続いていたうつ状態と、複数の薬の過量摂取が原因と判断した。
遺には、「お母さんを守れなくてごめんなさい。健さんにも迷惑をかけました」とかれていた。
健は葬儀で泣き崩れ、「最まで妻を救えなかった」と自分を責めた。参列者たちは、義母を事件で失い、今度は妻までくした幸な男を慰めた。
誰もらなかった。
紀子がの直、妹のように親しくしていた従妹へ、1本のカセットテープを送っていたことを。
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封筒には、こうかれていた。
「私が違っているのか、聞いて判断してほしい」
妻を失った、健は芳子から相続したと保険、紀子名義の預をにした。畑を担保にたな融資を受け、傾きかけていた会社をて直した。
表向きの事業は急成した。医療関連の物流、健康品の輸入、介護施設の運営へ次々とし、健は域を代表する経営者としてられるようになった。
災害が起きれば額の寄付をし、学へパソコンを贈り、元のスポーツ会では来賓席に座った。オフィスの壁には、政治や著名と並んで撮った写真が隙なく飾られていた。
芳子の事件を扱うテレビ番組にも演した。
「犯を必ず捕まえてほしい。義母は、私にとって実の母と同じでした」
カメラので目を押さえる健を見て、聴者から同と激励のが届いた。誰もが、15も義母のために声をげ続ける派な婿だとった。
しかし夜になると、健は別の顔を見せた。
会社の倉庫や、かつて芳子が所していた畑の隅に置かれたコンテナへ、裏社会の仲介を呼び寄せた。から持ち込まれた違法薬物を購入し、自ら使用するだけでなく、部をへ流していた。
1999に芳子へ使用した薬物も、その取引経からに入れたものだった。
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量で識を失わせ、が経つと般な検査では見つけにくくなる未承認の鎮静薬だった。
健は、芳子を眠らせての契約を奪うだけのつもりだったと、に主張することになる。
だが事件から、偽のアリバイと移用のを準備していた。注射器、使い捨て袋、を燃やすための属容器も用していた。
すべては計画されていた。
芳子は自宅をた直、農で健のを見つけた。健は会社の問題について話したいと告げ、警戒する芳子へ「紀子にはもう説した」と嘘をついた。
畑の資材へ入ると、背から薬物を注射した。識がれるでも芳子は抵抗し、健の腕をつかんだ。
健は柔らかい作業用ベルトで首を圧迫した。
その、をすべて脱がせ、から来た者による異常な事件に見せかけた。類、靴、鎌、懐灯は属容器で燃やし、残ったを川へ捨てた。
遺体を畑へ運ぶ際、幅の広い農業用シートを敷いて歩いた。戻るには柄のい具でを均し、葉についた跡も拭った。
現から見つかったプラスチック片だけが、注射器かられてトウモロコシの根元へ落ちたことに気づかなかった。
犯、健は京へ戻り、クラブの非常から個へ入った。代わりを務めていた鈴とを交換し、何事もなかったように朝まで酒をんだ。
この事実をる者は、鈴と薬物を用した仲介の佐々だけだった。