"トウモロコシ畑に消えた母" 第1話
1999817、野県部のあいにある青沢は、夜けのいに包まれていた。午3を過ぎても空には夜のが残り、民のかりはほとんど消えたまま、くの用から流れるの音だけが聞こえていた。
では、スイートコーンを朝が残るうちに収穫する習慣があった。がくなって気温ががるに採った方が甘みを保てるため、収穫期になると齢の農も午3や4に畑へた。
62歳の佐藤芳子も、その朝は午245分に目を覚ました。台所でたい麦茶をみ、紺の作業着へ着替えると、使い込んだ収穫かごと懐灯、柄のい鎌を軽トラックへ積んだ。
芳子は18に夫をくしてから、女1つで畑を守ってきた。トウモロコシのほかにレタスや菜も作り、直売所と元のセンターへ納めながら、娘の紀子を育てげた。
午310分頃、芳子の軽トラックがをる音を、所の数が聞いていた。いつもと変わらない朝になるはずだった。
異変が起きたのは午420分頃だった。隣の畑で収穫をしていた茂が、芳子の軽トラックだけが農にまり、作業の音がしないことを審にった。
「芳子さん、いるのか」
は懐灯を持ち、背丈を超えるトウモロコシの列へ入った。葉にたまった朝が作業着へまとわりつき、歩くたびに乾いた葉が頬を擦った。
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畑の央にづいた、懐灯のがいものを捉えた。
の鳴が、静まり返っていたを切り裂いた。
芳子は畑ののへ仰向けに置かれていた。につけていたはずの作業着、着、靴、靴はすべてなく、収穫かごや懐灯、鎌も周囲から消えていた。
駆けつけたの1が毛布を持ってきたが、は現をかしてはいけないと止めた。たちはれた所から、警察と救急隊が到着するのを待った。
やがて規制線が張られ、鑑識員が畑へ入った。芳子の周囲だけ、が箒のようなもので均され、トウモロコシの葉も自然なほどえられていた。
畑の入りから発見所まで、はっきりした跡は残されていない。夜にはっておらず、は跡がつきやすい状態だった。それにもかかわらず、芳子本の靴跡さえ途で消えていた。
午5を過ぎた頃、1台の黒い乗用が農へ急した。運転席からりた健は、規制線を越えようとして警察官に止められた。
「義母なんです。見せてください!」
42歳の健は、芳子の娘・紀子の夫だった。では「実の息子より親孝な婿」と評判で、芳子の通院や農具の修理をんで伝い、盆や正には必ず妻と緒に訪れていた。
警察官から状況を聞いた健は、そのへ膝をついた。
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両で顔を覆い、肩をきく震わせた。
「お義母さん……どうして……」
午6、紀子も親戚に付き添われて現へ来た。母のを聞かされた彼女は声を失い、健の胸へしがみついた。
健は妻を抱きしめ、何度も繰り返した。
「俺が守るから。おには俺がいる」
その姿を見たたちは涙を流した。芳子を失った紀子にとって、健だけが頼れるに見えた。
しかし、芳子の体を詳しく調べた法医学者は、現の印象とわない事実に気づいていた。
傷はなく、性な被害を示す確な痕跡もない。首には柔らかい帯状の物でく圧迫された跡があり、腕の内側には、虫刺されにも見えるさな点が残っていた。
さらに、首筋の髪に隠れた部分から、半透のさなプラスチック片が見つかった。
鑑識員はそれを証拠袋へ入れた。
に事件の真相をくことになる、注射器の保護部品だった。
佐藤芳子が健と初めて会ったのは、1983のだった。当24歳だった紀子が、京の商社で働いていた健を婚約者として実へ連れてきた。
健は背がく、受け答えが丁寧で、農作業をしていた芳子を見ると、革靴が汚れるのも構わず畑へ入った。い収穫かごを運び、夕には使った器を自分から洗った。
「都会のなのに、よく働くね」
芳子がすると、健は爽やかに笑った。
「紀子さんを育ててくださったお母さんですから、僕にとっても切な族です」