"最後の定期券" 第1話
田夫がからいなくなった朝、妻の美佐子は、それを最初は特別なことだとはっていなかった。
68歳になった夫は、定退職して3ヶが過ぎても、現役代とほとんど変わらない活を続けていた。朝5には必ず目を覚まし、布団をえ、湯を沸かしてから玄関先の聞を取りにく。その、所の川沿いを30分ほど歩き、駅のさなコンビニで牛乳と聞を買って帰ってくる。それが30続いた、田の朝の景だった。
夫は、方にあるさな私鉄会社の駅員だった。
勤務していたのは、県境くの部にある古い駅だった。利用客は々減り、最の数はの乗客が100にも届かないが増えていた。それでも夫は、その駅をれようとはしなかった。
「駅っていうのは、が来なくなったら終わりじゃないんだ」
まだ由紀がだった頃、父は夕の湯みを片にそう話したことがある。
「誰かが初めて町をるもある。誰かが帰ってくるもある。さい駅ほど、そういうの気持ちが残ってるんだよ」
当の由紀には、その言葉のがよく分からなかった。
ただ、父は仕事なのだとっていた。
休でも駅のことを考え、がれば朝から職へ向かい、台が来れば夜でも呼びされる。母が「しくらい族を優先してもいいのに」
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と笑いながら満を漏らすこともあったが、夫はいつも困ったように笑うだけだった。
「俺が好きでやってることだから」
それが父の癖だった。
定の。
駅員仲から束を渡された夫は、珍しく涙を見せた。
「かったな」
そう呟きながら、最に誰もいないホームをで眺めていた姿を、由紀は今でも覚えている。
だから退職も、父が毎朝駅の方向へ歩いていくことに、美佐子は違を持たなかった。
の習慣が抜けないだけ。
そうっていた。
しかし、その朝だけは違った。
午7を過ぎても、夫は帰ってこなかった。
いつもなら6半頃には玄関の引き戸がく。聞を机のへ置く音がして、テレビのニュースが流れ始める。その音を聞きながら、美佐子は朝の準備をする。
変わらなかった常だった。
そのだけ、その音がなかった。
最初、美佐子は所の誰かと話しているのだとった。
夫は無なだったが、昔からっている所の老や元同僚に会うと、なほど話がくなることがあった。
しかし。
8になっても帰らない。
9になっても帰らない。
昼になった頃、美佐子の胸に初めてが広がった。
携帯話へ話をかける。
呼びし音は鳴る。
だが、誰もない。
夫は携帯話を持っていたが、話とメール以の能はほとんど使わなかった。
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写真も撮らない。インターネットも見ない。
「必なものは昔から変わらない」
そう言って、何も同じ古い種を使っていた。
美佐子は急いで娘の由紀へ連絡した。
由紀は隣町で夫との子どもと暮らしていた。実へはで40分ほどの距だったが、仕事と庭があり、以ほど頻繁には顔をさなくなっていた。
「お母さん、どういうこと?」
話越しの由紀の声が変わった。
「お父さんが朝から帰ってこないの」
「散歩?」
「最初はそうった。でも……」
美佐子は言葉を止めた。
「財布も置いたままなの」
由紀が黙る。
「財布?」
「いつもの所にあるの。腕計も、薬も全部」
「お父さん、何か言ってなかった?」
その質問に、美佐子はすぐ答えられなかった。
最の夫。
確かにし様子がおかしかった。
退職してから、何度も押し入れの奥を理していた。古い制、駅員代の名札、昔の写真。捨ててもいいようなものをつずつ取りしては、い眺めていた。
「昔をいしてるだけだとってた」
美佐子はさく言った。
しかし今考えると。
夫はいに浸っていたのではなく、何かを探していたのかもしれなかった。
警察へ相談したのは午になってからだった。
現点では事件性は判断できない。
財布も残っている。
争った形跡もない。
担当した警察官は慎な調で説した。
「ご本のでされている能性もあります」
その言葉を聞いた瞬、由紀の胸にさな違がまれた。