"飛騨の農家に消えた嫁" 第2話
その写真を見る限り、3かに彼女がから姿を消すなど、誰にも像できなかった。
そして、そのにはもう1、ゆき子が何より気を遣わなければならない物がいた。
夫の父、蔵だった。
蔵は当58歳だった。
で30以牛を育ててきた物で、背がく、太い声で話し、の集まりでは自然と座へ座るようなだった。町の牛産組で組を5務めた経験もあり、役や農協の職員でさえ蔵を見れば先にをげた。
たちは、で「蔵の旦」と呼んでいた。
誰も本のでは、軽々しく反対見をにしなかった。
しかしのでの蔵は、たちがる顔とは違っていた。
ゆき子が嫁いできた当初から、農のやり方をめぐって細かくをした。
「餌を混ぜる順番が違う」
「牛舎の掃除がなっとらん」
「そんなことも分からんのか」
ゆき子が説しようとすると、蔵は途で言葉を遮った。
「物だって空気を読む。おは牛以か」
ゆき子は何も言い返さなかった。
最初のうちは、農へ嫁ぐというのはこういうものなのかもしれないとっていたようだと、婦会でりった恵子はに振り返っている。
恵子のに、ゆき子から話が入ることがあった。
夜だった。
受話器の向こうで、ゆき子は声を抑えていた。
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「ちょっと辛くて……」
恵子が理由を尋ねても、ゆき子は詳しいことを言わなかった。
「丈夫。聞いてもらったらし楽になったから」
そう言って話を切ることが何度もあった。
亀裂がはっきり表面にたのは、そののがまった頃だった。
ある晩、蔵は健を居へ呼びした。ゆき子も事の片づけをしながら、そのにいた。
蔵は嫁が聞いていることを気にする様子もなく言った。
「跡継ぎも産めん女を、いつまでこのに置くつもりや」
健は俯いた。
ゆき子のが止まった。
「親父……」
健がようやくをいたが、そのに続いたのは妻を守る言葉ではなかった。
「まだ結婚したばかりだろ」
「もう分や。のを誰が継ぐ」
蔵はそう言ってちがり、ゆき子の横を通り過ぎた。
その夜から3ほど、ゆき子はまともに事を取れなかったという。
には、さらにきな問題があった。
借だった。
蔵は牛舎の増築や設備費用を面するため、隣の主から4000万円を借りていた。1994当の4000万円は決してさな額ではなく、返済期限はすでに2度延されていた。
債権者側の関係者が、を訪れることが増えていた。
そのたびに蔵は、ゆき子へ事や茶を用させた。
相が帰ると、今度は嫁に文句を言った。
「今のおの態度は何や。
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あんな顔で客のにるな」
ゆき子は黙って器を片づけるしかなかった。
夫の健はでは妻の悪を言わなかった。
むしろに会うと、
「ゆき子はよく働いてくれる」
「言ったことはちゃんとやってくれる」
と話すことさえあった。
しかしのでは、父親と妻ので必ず父親の側にった。
ゆき子が蔵の言葉に耐えられず、
「しだけ富へ帰りたい」
と頼んだことがある。
健は牛の帳簿から顔をげなかった。
「今忙しい期だろ」
「2でもいいの」
「親父にも事があって言ってるんだ。いちいち気にするな」
「でも……」
「今帰ったら、余計に揉めるぞ」
それで話は終わった。
ゆき子は1995を過ぎてから、1度も富の実へ帰れなかった。
母親の涼子とは話だけで連絡を取った。
父親の体調を聞き、自分のことを尋ねられると、いつも「丈夫」と答えた。
だがを過ぎた頃から、その声にも疲れが混じるようになった。
12に入ると騨の寒さは段と厳しくなった。
朝、牛舎へ向かうゆき子は分いジャンパーを羽織り、い息を吐きながら凍ったを歩いた。はまだ本格ではなかったが、夜になるとたまりがそのままい氷になった。
その頃、ゆき子は実の母へしずつ本音を漏らし始めていた。
が4000万円の借を抱えていること。
返済が滞っていること。
蔵がのでは誰にもそれをられたくないと神経を尖らせていること。
そして、自分がもうこの農で暮らし続ける自信を失いかけていること。