"母の認知症は芝居だった" 第3話
助かってるよ』
兄はそう言った、しを置いた。
『ただ、このままじゃ俺たち夫婦も持たない。母さんを施設に入れようとってる』
胸が痛んだ。
施設。
その言葉を聞いただけで、母をから追いすような罪悪を覚えた。
しかし、自分が仕事を辞めて故郷へ戻り、母の介護を全面に引き受ける覚悟があるのかと問われれば、答えはせなかった。
私は仕事が好きだった。
ようやく課になり、これから任される仕事も増えていく。
そんな自分を自分勝だとう気持ちはあったが、兄夫婦だけに介護を押しつけ続けることも正しくない。
「分かった」
私は静かに言った。
「施設のことは、お兄ちゃんとまやさんの見に従うよ」
その、まやさんからも話をもらった。
『でもかりちゃん、お義母さんの娘なんだから、かりちゃんの見も事よ』
「私はくにいるだけで、何もできてないから……」
『そんなことないわ。緒に見学だけでもきましょう』
その優しい言葉に、私はまた救われた気がした。
まさか、そのの私はらなかった。
母が々しく話す話の向こう側で何が起きていたのか。
そして「認症」という言葉そのものが、母が必にき延びるために選んだ最の方法だったことを。
なんとか仕事を調し、私は数の休暇を取った。
幹線に乗り、乗り換えを繰り返して約5。
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窓のからいビルが減り、と田畑が増えていくにつれ、子どもの頃に見慣れた景が戻ってきた。
駅へりると、どこか湿ったの匂いがした。
都会ではじない匂いだった。
実へ到着すると、まやさんが玄関まで迎えてくれた。
「かりちゃん、いところありがとう。疲れたでしょう」
「いえ。こちらこそ、ずっとお母さんのことを任せてしまってすみません」
「そんなの気にしないで」
まやさんはにこやかに笑い、私が泊まる部まで綺麗に掃除してくれていた。
は確かに改装されていた。
玄関の段差はさくなり、廊にはすりが取り付けられている。以より広くなった所もあり、私が渡したおがきちんと母の活のために使われたのだとうとしした。
それでも、昔のの面は残っていた。
父が選んだ古い柱。
子どもの頃につけたさな傷。
居から見える庭。
久しぶりに帰ってきたのに、議と体が覚えている。
「お母さんは?」
「リビングにいるわよ」
胸を鳴らせながら入ると、母はソファの横で子に座っていた。
髪は以よりくなり、頬もし痩せている。
「お母さん、久しぶり」
私は母のにしゃがんだ。
「なかなか会いに来られなくて、ごめんね」
母はこちらを見た。
数秒、私の顔をじっと眺める。
そして、嬉しそうに笑った。
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「あら、亜美。よく来てくれたわね」
私は言葉を失った。
「……お母さん」
「かったでしょう、亜美」
亜美は、数にくなった母の妹の名だった。
昔から私は伯母に似ていると言われていたが、母が自分の娘と妹を違えるところなど度も見たことがない。
「お母さん、私はかりだよ」
母は首を傾げた。
「かり?」
「娘のかり」
「そう……」
母は曖昧に笑い、すぐ窓のへ線を移した。
胸が締めつけられた。
話で覚悟したつもりだった。
それでも、自分の顔を母が認識できない現実を目のにすると、簡単には受け止められなかった。
「お義母さん、ずっとこんなじなのよ」
背からまやさんの声がした。
振り返ると、困ったように眉をげている。
「良いはかりちゃんのことも分かるんだけど、最は昔のと今のが混ざってるみたい」
「そうなんですね……」
「急にへようとしたりもするから、本当に目がせなくて」
私は母を見た。
母はもう私たちの会話に興を失ったように、膝のへを置いていた。
以、認症についてかれた本を読んだことがある。
そこには、族の顔や名がしずつ分からなくなっていくがあるとかれていた。
そのは識として読んだだけだった。
けれど今、私は怖かった。
もし母が私の顔を完全に忘れてしまったら。
目のにいる女性は、私がっている母のままなのだろうか。
母が母として過ごせるは、しずつなくなっていくのだろうか。