"母の認知症は芝居だった" 第2話
久しぶりに実へ帰りたいとうもあった。
けれど今では、そこは母だけのではなく兄夫婦の活のでもある。私が昔と同じ覚で突然帰るのも迷惑なのではないかと考え、はますますのいていった。
その代わり、母への話だけは欠かさなかった。
なくとも週に1回、いは2回。
忙しい夜でも、帰宅途に駅のホームで話をかけた。
そのさな習慣さえ続けていれば、母との距はそれほどれていない。
私はそうい込んでいた。
「お母さん、かりだよ。調子はどう?」
あるの夜、残業を終えて会社をた私は、駅まで歩きながら母へ話をかけた。何度か呼びし音が鳴った、聞き慣れた母の声が聞こえたが、その声は以よりずっとか細かった。
「ああ、かりちゃん。今もお仕事お疲れさま」
「お母さんこそ。今は何してたの?」
「私はいつも通りよ」
返事は普通だった。
しかし、どこかおかしい。
以の母なら、こちらが聞いていないことまで次々と話したものだった。へ来た昔の常連客の話、所のに咲いたの話、夕飯で作った煮物の付けを失敗した話まで、こちらが話を切るきっかけを探すほどしゃべっていた。
ところが、この頃は違う。
「ご飯、ちゃんとべた?」
「かりちゃんは?」
「私は今からだよ。帰りに何か買うつもり」
「まあまあ、変ね。
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私のことは丈夫だからね」
質問には答えず、母は笑い声でごまかした。
「今のお昼、何べたの?」
「仕事、忙しいんでしょう?」
「うん。でもお母さんのことも気になるから」
「無理しちゃ駄目よ」
また答えが噛みわない。
話を切ったも、その違が胸の奥へ残った。
同居を始めたばかりの頃、母はもっと元気だった。
兄がの厨につようになったことや、まやさんが子でも使いやすいようのを理してくれたことを、何度も嬉しそうに話していた。
それなのに最は、声そのものに力がない。
言葉も曖昧になった。
私の質問と全く関係のない答えが返ってくることも増えている。
「齢のせいなのかな……」
63歳なら、まだ齢というほどではない。
ただ、事故で活がきく変わり、父もくなっている。精神な疲れがているのかもしれないし、子活による体力のもあるのだろう。
そう自分に言い聞かせながらも、は消えなかった。
仕事が忙しい。
実がい。
兄夫婦がいる。
そんな理由ばかり並べていないで、度きちんと母に会うべきなのではないか。
休暇を取ろう。
数でもいい。
母とゆっくり向きうを作ろう。
そう決めた数、仕事に兄から着信が入った。
会議だったためられず、終わってから画面を見るといメッセージが届いていた。
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『母さんのことで話したい。度話をくれ』
嫌な予がした。
私はすぐ、気のない休憩スペースへ移して兄へ話した。
「もしもし。お兄ちゃん、どうしたの?」
『かりか。仕事に悪いな』
「ううん。お母さんのこと?」
兄は度息を吐いた。
『実はな、最、母さんの様子がかなりおかしいんだ』
兄夫婦と暮らすようになってから、母は々おかしな言を見せるようになったという。
何も窓のを眺めたまま、ほとんど反応しない。
その方で突然、自力で子から歩器へ移ろうとし、無理にって転倒する。
危険だからとまやさんが歩器を隠すと、今度はをって玄関までき、そのままへようとしたことまであったらしい。
「そんなことが……」
私はを疑った。
話でじていた違より、はるかに刻だった。
『もともと軽い認症の傾向があったみたいなんだ。最、気に悪くなってきた』
「認症……」
その言葉が現実のものとして理解できるまで、数秒かかった。
『まやがずっと面倒を見てくれてる。でも正直、もう限界なんだ』
兄の声から疲労が伝わってくる。
私は何もらなかった。
母の状態がそこまで悪くなっていたことも、兄夫婦が介護に追われていることも。
「そっか……そんな変なことになってたんだね。それなのに、本当にごめん」
私は机の端を握った。
「ずっと任せっぱなしで……」
『いや、おは改装費もしてくれたし、たまに仕送りもしてくれてる。