"退職祝いは離婚届" 第5話
自分が聞かなかっただけかもしれない。
その夜、俊夫は彩へ話した。
「母さんのところに男いるのか」
数秒の沈黙のあと、
「またそれ?」
と呆れた声が返ってきた。
「写真見たんだよ」
「森さん?」
「名までってるのか」
「お母さんのの友達だよ。奥さんもいる」
「奥さん?」
「緒に京来てたじゃん」
俊夫は覚えていなかった。
「あの、森さんだったの?」
「お父さん、挨拶してたよ」
俊夫は何も言えなくなった。
定祝いのし、真由美の友夫婦がへ来たことがある。俊夫は翌の会議資料を作っていて、顔をして5分ほど話しただけだった。
男などいなかった。
ほっとした。
しかし同に、別のが浮かんだ。
自分のらない真由美がいる。
夫である自分がらなかった代。
友。
い。
笑い方。
写真の真由美は、自宅にいたより若く見えた。
「母さん、楽しそうだな」
俊夫が言うと、彩がし黙った。
「うん」
その返事が気に入らなかった。
「俺といたは楽しくなかったってことか」
「何でそうなるの」
「写真見たらそう見える」
彩はため息をついた。
「お父さん、本当に今さらだね」
「何がだ」
「お母さんが何してる楽しいか、今までらなかったんでしょう」
俊夫は言葉を失った。
その、彩から通のメッセージが届いた。
《お母さん、昔から料理教やりたいって言ってたのってる?》
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らなかった。
《50歳の、域センターから講師やらないかって声かかったのも?》
らない。
《断った理由、おばあちゃんの介護。お父さんが張かったから》
それもらなかった。
さらに続いた。
《56の、調理師免許取ろうとしてたのは?》
俊夫は携帯話を握ったままけなかった。
らない。
全部。
真由美は自分のを何も持っていないとっていた。
妻。
母。
義母の介護。
事。
それで満しているとっていた。
実際には、妻にも何度も分岐点があった。
そのたび、庭を選んだ。
いや。
選ばせたのかもしれない。
翌。
俊夫は自宅の押し入れをもう度探した。
真由美の古い類が入った箱がある。
料理教の案内。
調理師試験の参考。
域センターの講師依頼。
きのレシピ。
そのに、枚のがあった。
《50歳からやりたいこと》
、調理師免許
、週回でもに料理を教える
、で流氷を見る
、で幹線に乗ってらない町へく
、俊夫さんと朝ごはんをゆっくりべる
最の項目で、俊夫のが止まった。
旅でもない。
豪華な事でもない。
朝ごはん。
自分は職、毎朝710分にをていた。
聞を読みながら噌汁をみ、テレビのニュースを見て、真由美と何を話したかほとんど覚えていない。
退職翌朝。
真由美がていった。
で最の朝をべた。
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俊夫はあのも、噌汁のすら覚えていなかった。
を持ったまま。
俊夫は初めて泣いた。
声ではなかった。
涙がていることに気づき、慌ててで拭いた。
妻がいなくなってヶ。
俊夫はようやく、
自分が何を失ったのかではなく、
何を見てこなかったのかをり始めた。
7の終わり。
俊夫は再び曇野へった。
今度は何も告げずに押しかけなかった。真由美へ《度だけ、そっちの活を見せてほしい》と送り、に《週なら》と返事をもらった。
俊夫はくのさな旅館へ泊まった。
真由美のへませてもらえるとはっていなかったし、それを頼むのも違う気がした。
初。
朝7に堂へった。
真由美はすでに働いていた。
由紀とで量の野菜を切り、噌汁を仕込み、鉢を並べている。俊夫がで見てきた料理と似ているのに、きが全く違って見えた。
「何か伝う?」
俊夫が聞くと、真由美が瞬驚いた。
「皿拭いて」
タオルを渡された。
俊夫は言われた通りにした。
昼には客が増えた。
所の齢者。
観客。
農作業帰りの夫婦。
真由美はと話した。
「昨の茄子おいしかったよ」
「今は胡瓜めに持ってきた」
「真由美さん、この煮物の作り方教えて」
誰かに必とされている妻を見るのは、妙な気分だった。
自宅でも必だった。
しかし自宅では、それを言葉にしたことがない。
夜。
で川沿いを歩いた。
「疲れない?」
俊夫が聞く。
「疲れるよ」