"実印を押さない母" 第1話
「半だけ置いてほしいんだ」
3の、息子の直がそう言ってきた、佐伯佳代子は断る理由を探さなかった。夫の隆司をくして4が経ち、埼玉県川にある築28の戸建てには、67歳になった佳代子がで暮らしていた。階にはほとんど使わない部がつあり、族が半むくらいなら、むしろが賑やかになっていいかもしれないとった。
直は39歳、妻の美は37歳だった。学6の娘・杏奈と、学3の息子・悠斗がいる。んでいた賃貸マンションの更と賃値げがなり、ちょうど築戸建てを探し始めたため、「が決まるまで」という話だった。
「お母さんには絶対迷惑かけないから」
美も最初はそう言った。
毎5万円をに入れる。事は基本に自分たちで用する。洗濯も別。子どもの送り迎えも頼らない。直はノートへ簡単な約束までき、「半にはちゃんとるから」と笑った。
佳代子は、そんなものをかなくてもいいと言った。
族なのだから。
当の佳代子は、その言葉を何の疑いもなく使っていた。
最初のヶは、本当にうまくいっていた。美は仕事帰りにスーパーへ寄り、夕を作り、器も片づけた。直は曜になると庭のを刈り、い米を買いにってくれたし、孫たちは「ばあばの広い」
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と言いながら階をり回った。
の卓に慣れていた佳代子にとって、夕方に玄関のく音がする活はっていた以に嬉しかった。杏奈が学の話をし、悠斗が噌汁の豆腐だけを先にべ、直が仕事の愚痴をこぼす。それを聞きながら、夫がきていた頃の卓をいす夜もあった。
半が過ぎるし、直が言った。
「もうちょっとだけいい?」
探していた戸建ての価格が定よりかったらしい。宅ローンの利やを考えると、焦って買わない方がいいと産会社に言われたという。佳代子は「急がなくていいでしょう」と答えた。
そのも、期限を決め直さなかった。
目が終わる頃、美は夕を作らなくなっていた。
仕事が忙しくなったという理由だった。最初は週に度、佳代子が「今は私が作るから」と言っただけだった。それが度になり、やがて平の夕はほとんど佳代子が用するようになった。
「お義母さんの煮物、子どもたち好きだから」
美はそう言って笑った。
頼られるのは、嫌ではなかった。
むしろ佳代子は、し嬉しかった。
夫がくなってから、誰かに「これをしてほしい」と言われることが減った。自分が夕を作らなくても困るはいないし、洗濯を休んでも誰も何も言わない。必とされるという覚を、佳代子自が放したくなかったのかもしれない。
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ところが目になると、頼み方が変わった。
「お義母さん、今杏奈の塾のお迎えお願いしていいですか?」
最初は質問だった。
それが半には、
「今、杏奈7半です」
というメッセージだけになった。
悠斗がをせば、学からの連絡先はいつのにか佳代子の携帯話になっていた。美が会議で抜けられず、直も回りだからという理由だった。佳代子は保健へ迎えにき、病院へ連れてき、薬をもらってへ戻った。
「助かったよ、母さん」
直は帰宅すると言った。
佳代子は「いいのよ」と答えた。
族なのだから。
半を過ぎた頃、毎5万円だった活費は3万円になった。
直の会社で残業が減り、収入がしがったからという。美も「を買うために貯したいんです」と言ったので、佳代子は承した。
ところが費は増えていた。
学になった杏奈はよくべるようになり、悠斗も成期だった。直は毎晩晩酌をし、美は野菜や国産肉にこだわる。代も気代も、暮らしの頃とは比べものにならなかった。
ある、佳代子は計簿を見て気づいた。
直から受け取っている3万円を引いても、自分で暮らしていた頃よりに7万円く支が増えている。
84万円。
なら168万円。
数字にすると、し驚いた。
しかし計簿を閉じた。
息子族に請求しようとはわなかった。