"消えなかった500円" 第10話
が500円のためにどれほどを悩ませ、娘の靴をにして胸を痛めたかを、正雄はっていたはずだった。誰かの事を守りたかったのなら、「無駄遣いじゃない」「信じてくれ」の言だけでもよかったのではないか。夫婦だったからこそ、その程度の言葉は欲しかったと、今でもう。
けれど議なことに、真相をったのには、正雄を責めたい気持ちはほとんど残っていなかった。むしろいすのは、毎朝黙って弁当箱を持ってていった背や、疲れて帰宅しても娘の自転を直していた、物園からの帰りに眠った次女を背負って歩く姿ばかりだった。あのは昔から、言葉より先にをかす男だったのだ。
はノートの表を指先でそっと撫でた。もし正雄が誰かに褒めてもらいたかったのなら、もっと分かりやすい証拠を残しただろう。「昭夫の族を助けた」「今も500円渡した」と、誇らしげにくことだってできた。しかし実際に残っていたのは、と額と、仲の名だけだった。
それが何より、正雄というを表しているようにえた。
自分が何をしたかではなく、今も渡し忘れていないか。それだけを確認するための記録だったのだろう。
は昭夫の男から届いたも、ノートと緒に箱へしまうことにした。
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娘たちがいつかこの箱をけたには、父親が若い頃、毎500円をどこへ持っていっていたのかを話してやろうとった。娘たちもきっと驚くだろう。あれほど数のなかった父親が、族にもらせず何もそんなことを続けていたとは、像もしないはずだった。
そしてには、もうつだけ伝えたいことがあった。
父親は派なだった、とだけ話すつもりはなかった。族を困らせ、妻を何度もらせたことも緒に話そうとった。優しいだから何をしても許されるわけではないし、黙っていれば気持ちが伝わるわけでもない。正雄の500円は確かに誰かを救ったが、その沈黙によってがい傷ついたこともまた、本当のことだった。
は、たったつの来事だけで善にも悪にもならない。
器用で、頑固で、説がりなくて、それでも誰かが困っていれば放っておけない。にとって正雄とは、そういう男だった。
数、は買い物へた。商の百で根を本に取り、値札を見た、わず昔の自分をいした。5円い根を買うためにいまで歩き、10円、20円を計簿ので何度も計算していた頃である。
あの頃の自分が違っていたとはわない。
500円は、本当にきなだった。
だからこそ、正雄が毎その500円をし続けたことのさも、今なら分かる。
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裕福なが余ったを渡したのではない。自分のにも必なものがあり、娘の靴にも穴がき、妻が費を削っていることをりながら、それでも毎枚を抜いたのである。自分の暮らしにも痛みがあるで、それでももっと苦しい誰かへを伸ばした。
は根を買い、へ帰った。
夕方、噌汁を作りながら、ふと仏壇の方を見る。
「あなた」
もう何度目か分からない呼びかけだった。
「500円、ちゃんと届いてたよ」
しを置いて、は続けた。
「子どもたち、になったって」
台所には、噌汁の湯気が静かにっていた。
返事はなかった。
それでもには、その沈黙さえ昔と同じようにえた。
きっと正雄なら、し困った顔をして聞の向こうへ隠れ、
「そうか」
とだけ答えただろう。
はそれを像して、声をてずに笑った。
20以、が「消えた」とい続けていた500円。
けれど本当は、枚たりとも消えてはいなかった。
それは誰かの米になり、薬になり、学費になり、の暮らしになった。そしていを越え、今度は通のとなって、ようやくのもとへ帰ってきたのである。
正雄が最までにしなかった答えを連れて。