"消えなかった500円" 第2話
「あなた」
正雄は着を脱いでいた。
「また500円ないよ」
「そうか」
「そうか、じゃないでしょう」
正雄は黙った。
「先もだったよね」
「ああ」
「何に使ったの?」
「俺の遣いだ」
その言に、はしだけ引っかかった。
遣い。
そう言われてしまえば、それ以は聞きにくい。
だが正雄は煙を増やした様子もない。酒をんで帰ってくるわけでもなければ、しい靴やを買った気配もなかった。
は封筒を見つめた。
500円。
先も。
今も。
そして、その翌も。
料袋から、同じ額だけが消えていた。
が来ても、500円は消え続けた。
料の夜になると、はのどこかで、
今こそ全部入っているかもしれない。
といながら封筒をけた。
だが、数えてみればやはり500円りない。
4。
5。
6。
7。
いつも同じだった。
「あなた、今も?」
ある夜、が聞くと、正雄は扇ので煙を吸いながら頷いた。
「必だった」
「だから何に必なの」
「俺のことだ」
「夫婦でしょう」
正雄は答えない。
その態度が、には番腹たしかった。
理由さえ言ってくれれば、納得できることもある。
仕事仲との付きいならそう言えばいい。煙代がりないなら、それでもいい。
それなのに正雄は、
「遣いだ」
「ちょっと使った」
それ以、何も言わなかった。
はしずつ疑い始めた。
会社帰りにんでいるのではないか。
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正雄が帰宅するを気にするようになった。
しかし、毎ほとんど同じ刻に帰ってくる。
酒の匂いもしない。
なら競馬だろうか。
の男たちのには、曜になると競馬へく者もいると聞いていた。
ある、は正雄の作業着のポケットを洗濯に確認した。
切符。
屑。
煙の箱。
だが競馬聞も馬券もなかった。
自分でも嫌になった。
夫のを探っているようで、ろめたかった。
それでも500円という数字を見るたび、気持ちはざらついた。
ある、次女の靴が壊れた。
「お母ちゃん、これ、もう駄目かな」
つま先がきくいていた。
は縫おうとしたが、布そのものがくなっている。
「今度の料まで待てる?」
「うん」
次女は素直に頷いた。
その料。
また500円りなかった。
は黙って計簿を閉じた。
「どうした」
正雄が聞いた。
普段なら聞かないくせに、こういうだけ気づく。
の胸に溜まっていたものが、気にた。
「どうしたじゃないでしょう」
正雄が聞から顔をげる。
「また500円ないじゃない」
「だから俺の遣いだって言っただろ」
「500円くらいってってるでしょうけどね」
の声がきくなった。
奥の部で娘たちが黙った。
はし声を抑えたが、もう止まらなかった。
「こっちは10円、20円を考えて買い物してるのよ。百で根が5円いからって、いまで歩いてるの」
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正雄は何も言わない。
「美代子の靴だって、もう穴がいてるの。それでも今はさせてる」
正雄の眉がしいた。
「買ってやれ」
「何で買うのよ」
「貯があるだろ」
「その貯を崩さないように暮らしてるんでしょう!」
はちゃぶ台を叩きそうになり、途でを止めた。
正雄は煙を本取りした。
「500円くらい……」
その言葉に、の表が変わった。
「500円くらい?」
正雄も失言に気づいたのか、を閉じた。
「あなたにとっては500円くらいなの?」
は計簿をいた。
「米がいくらかってる? 学の集がいくらかってる? 毎、私がどうやって分けてるかってる?」
正雄はをつけた煙を指で持ったまま、黙っていた。
その沈黙が、には、
好きにさせろ。
と言われているようにえた。
「何に使ってるのか、それだけ教えて」
正雄は煙を吐いた。
「言えない」
はを疑った。
「言えない?」
「ああ」
「私に言えないこと?」
正雄は答えなかった。
その瞬、のに別の疑いがまれた。
女。
自分でも考えたくなかった。
正雄に限って、とではう。
だが妻にも言えない使いとは何なのか。
族には説できない何かがあるのか。
その夜、夫婦はほとんどをきかなかった。
翌朝。
が弁当を包んでいると、正雄はいつも通り支度をした。
「ってくる」
は台所から答えた。
「いってらっしゃい」
正雄はしち止まったようだった。
だが何も言わず、戸をけてていった。