"膨腹の老人ホーム" 第6話
携帯話はすでに取りげられていた。
窓もない。
非常ベルも、この部には設置されていない。
私はドアを何度も叩いたが、返事はなかった。
そのまま数分、たいへ座り込んでいた。
恐怖より先に、梅さんの顔が浮かんだ。
《美咲さん、助けて》
計は見られない。
それでも夜は確実にくなっている。
満たちが施設へ来るまで、あとどれほどかかるのかも分からない。
その、私は古い扉の蝶番へを触れた。
ふと、ずっと昔のことをいした。
私の父はさな錠を営んでいた。
私は学を卒業すると、病気の母とのれた弟を支えるためへまず、父のを伝った。父がくなってからも数、古い宅や商の錠交換、壊れた扉や建具の修理を続けたため、今でも扉の構造を見る癖だけは体に残っている。
神崎は私を何度も「学歴のない女」と笑った。
その通りだった。
へはっていない。
学にもっていない。
でも。
それと。
何もできないことは。
同じではない。
私は暗ので扉の周囲をゆっくり確かめた。
側の錠そのものへをす必はなかった。
古い保守ならではの構造の点が、内側に残っていたからだ。
をかければ。
られる。
そう分かった瞬。
恐怖で震えていたが。
止まった。
保守から抜けすまでに、体では数分以かかった。
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昔の仕事で覚えた覚を頼りに、古い扉の構造を傷めない範囲でしずつし、ようやくひとり通れる隙を作った。錠そのものを破ったわけではないため、から見ればまだ閉じられているように見える。それが幸いし、廊には誰も待ち構えていなかった。
私は音をてないようから階へがった。
館内は異様なほど静かだった。
普段なら夜勤職員が巡回し、ナースコールの音やテレビのさな音がどこかから聞こえるなのに、この夜は階へがってもの気配がほとんどない。スタッフステーションを覗くと、通常ならいるはずの夜勤者の姿まで消えていた。
最初に梅さんの305号へ入った。
ベッドは空だった。
布団だけが乱れ、枕元の差しがへ倒れていた。
「梅さん?」
返事はない。
洗面所にもいない。
次の静さんの部も。
子さんの部も。
同じだった。
とも。
いない。
私は瞬、のが真っになった。
黒田の言葉がよみがえる。
《今夜にだけ回収できればいい》
満たちはにわなかったのか。
それとも施設の周囲でいているからこそ、黒田たちが予定をめたのか。
私はの移記録を探したが、端末には何も残されていなかった。正式な搬送なら必ず必な子やストレッチャーの記録もなく、まるで最初からがしなかったかのようだった。
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その。
の階から。
属製の器具がぶつかる音がした。
カシャン。
続いて。
の声。
私は廊のすりからを乗りした。
通常使われる入ではない。
建物側。
旧診療区画へ続く階段の方向だった。
陽だまりの里には、設当初だけ簡単な診療処置に使われていた区画がある。現は政の診療として使用されておらず、職員のくも倉庫程度にしか認識していない所だった。
私は階段へ向かった。
段ずつりるにつれ。
声が鮮になる。
「とも、かなり張ってるぞ」
らない男の声だった。
続いて黒田。
「分かっている。だから今夜にやるんだ」
神崎の声もした。
「へしたら終わりよ。ここで全部済ませて」
私は壁に体を寄せ、息を殺した。
旧診療区画の廊には、い非常灯しかついていない。
奥の処置だけ。
が漏れている。
あと数歩。
そこで。
男の声が。
もう度。
聞こえた。
「を回収した、このはどうする?」
数秒の沈黙。
黒田が答えた。
「余計なことは聞くな」
私は全がたくなるのをじた。
そっと扉へづき。
わずかな隙から。
を覗いた。
最初に見えたのは。
台のストレッチャーだった。
梅さん。
静さん。
子さん。
とも横たわっていた。
腹部は朝よりらかに膨らんでいる。
腕には点滴のような管がつながれていたが、正規の医療スタッフの姿はどこにもなかった。