"聖火と十円玉" 第1話
昭391010。
夜がける頃から、京の町にはいつもとは違う空気が流れていた。商の軒先にはの丸が並び、をけるから箒をにを掃くの姿があり、ラジオからは朝くから京オリンピックの話題が繰り返し流れていた。
空にはつなかった。
何もから気を配していた々が、申しわせたように空を見げていた。子供たちは学で配られたさな旗を持ち、たちも仕事へ向かいながら、今は何に帰れば会式ににうかという話をしていた。
まだカラーテレビがどこの庭にもある代ではなかった。
きな器のには朝からが集まり、先に置かれたテレビをしでも見やすい所から眺めようと、箱を持ってきて腰掛ける老までいた。所のにテレビがあれば、「午になったら見せてもらう」と約束しているもいた。
本が、こののためにいているようだった。
けれど、田区のれにあるさな町では、朝からいつもと変わらない属音が響いていた。
の入りにはさな板が掛けられ、引き戸をけると、油と鉄の匂いがをついた。は染み込んだ油で黒くなり、壁にはのままになったカレンダーが残っていた。
窓際には欠けた湯呑みが3つ並び、その脇には吸い殻のたまった皿があった。
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井からがる裸球は昼でもつけられ、古い旋盤の回転音が、の狭い空をく震わせていた。
その旋盤のに、佐伯正治はっていた。
52歳。
学をてから30以、鉄を削ってきた職だった。
若い頃から同じような仕事を続け、目盛りを読むの顔つきも、刃物を当てるの指のきも、ほとんど体に染みついていた。械の音を聞いただけで調子の違いが分かり、削られた属の表面を指先でなぞれば、寸法がわずかに狂っていることにも気づいた。
にはしい設備などほとんどなかった。
だが正治は、古い旋盤を丁寧に入れしていた。朝番に油を差し、仕事が終われば切りくずを払い、調子の悪いには械へ向かってさく文句を言うことさえあった。
若い職たちは、それを見てよく笑った。
「佐伯さん、械に話しかけても返事しませんよ」
「およりは素直にく」
正治がそう返すと、狭いに笑い声が広がった。
ただ、そのは朝から誰もが落ち着かなかった。
仕事をしていても、話題は輪ばかりだった。
「聖って、本当にあんなにきいんですかね」
「国の選、どれくらい来るんだろうな」
「今くらいく終わらせても罰は当たらないですよ」
若い職が計を見るたび、社も苦笑した。
本音では、社自もくを閉めたかった。
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京でオリンピックがかれる。
こんなはに何度もあるものではない。
午10を過ぎた頃、の話が鳴った。
社が受話器を取ると、取引先からだった。
注文していたさな属部品を、どうしても今に届けてほしいという。
社は困った顔で話を切った。
「参ったな」
作業台には、完成途の部品が並んでいた。
全部で6個。
直径数センチほどしかない、ごくさな部品だった。見ただけでは何に使われるのか分からないほどなものだったが、寸法をしでも違えれば使い物にならない。
「じゃ駄目なんですか」
若い職が尋ねた。
「向こうは今必だって言ってる」
社はをかいた。
「でも今はなあ……」
の混雑も予されていた。
警備も厳しくなっている。
できれば職たちを昼過ぎには帰らせたいと考えていた。
その会話を聞きながらも、正治は旋盤のからかなかった。
刃物の位置をしずつ調し、鉄の棒を削っていく。
細かな切りくずが丸まりながら落ちていった。
「佐伯さん」
若い職が声をかけた。
「今はもうがりましょうよ。会式もありますし」
正治は械から目をさなかった。
「これだけ終わらせる」
「でもいいでしょう」
「今いるって言ってるんだろ」
それ以は何も言わなかった。
仕事を始めれば、輪もテレビも関係ない。
正治にとって納期とは、そういうものだった。