"福嫁の逆転茶屋" 第1話
戸の本からし奥へ入った町に、「泡」という茶があった。表通りのほど華やかではなかったが、簾はいつも清潔で、座敷の畳もよく入れされ、戸をければ穏やかな茶のりが漂っていた。
かつては商や文、役のの奥方までが、目を避けるようにを運んだである。にられすぎることを嫌う客ほど泡を好み、主もまた、そうした客の気持ちをよく分かっていた。
その泡を父から受け継いだのが、28歳になる若旦の宗介だった。
宗介は決して愚かな男ではない。茶葉の良し悪しも見分けられたし、客が何を求めているかもある程度は察することができた。仕入れ先への支払いを滞らせることもなく、利益が減っても茶をめてすような真似は決してしなかった。
「商いで度失った信用は、では買い戻せぬ」
き父が何度もにしていた言葉を、宗介は今も守っていた。
だが、そんな宗介にも点がつあった。
世の目である。
良い茶には良い茶が必だ。美しい器が必だ。目を楽しませる菓子が必で、そして何より、の顔となる女将には目を引く美しさが必だと信じていた。
実際、父がきていた頃の泡には、細の凝った菓子や等な器が並んでいた。季節ごとに座敷の飾りも替えられ、裕福な客が連れを伴ってくると、宗介は誇らしい気持ちになったものだった。
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ところが、その頃の戸では倹約を求めるがまっていた。あまりに華やかな菓子、価な器、贅沢な飾りを置くはの噂になり、には町役の目に留まることさえある。
泡も例ではなかった。
以のような豪華な菓子をせなくなり、器も飾りもになった。客のには、それを「昔ほどではない」とじる者もいたらしく、しずつがのいていった。
ある、古くからの常連だった呉商が、茶をみ終えたで宗介に言った。
「若旦、悪いことは言わない。しの趣向を変えた方がいい」
「趣向、と申しますと」
「このご世だ。見せつけるような贅沢は嫌われる。昔と同じでは通らんよ」
宗介は笑ってをげたものの、内では受け入れられなかった。
華やかさを捨てたら、泡ではなくなる。
父が築いたを自分の代で別のものに変えるなど、逃げることのようにえた。
しかし帳簿は容赦がなかった。を追うごとに売は減り、仕入れの支払いを済ませれば、元に残るは以の半分にも満たない。
夜、誰もいなくなった座敷で、宗介は帳面を眺めた。
数字を見れば分かる。
このままではくもたない。
だからといって、茶の質を落とすことだけはできなかった。
宗介は何度も考えた末、ある物を訪ねることにした。
阪から戸へ移りんだ商、泉兵である。
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兵は若い頃から砂糖、茶、寒、柚子、栗などを扱い、京、阪、戸の菓子や茶に広い顔を持つ商だった。今は督をに譲り、静かに暮らしていたものの、その商いを見る目はしも衰えていないと言われていた。
宗介は泉の座敷で、くをげた。
「兵様。どうか、泡にお恵をお貸しください」
兵はすぐには答えなかった。
しばらく宗介の顔を見てから、湯呑みを置いた。
「そなた、茶をめて客にしておらぬだろうな」
「それだけはしておりません」
「菓子の餡に粗悪なものを混ぜたことは」
「ございません」
「苦しくともか」
宗介は真っ直ぐに答えた。
「父に、客を欺くなと教わりました」
兵はさく頷いた。
「ならば、まだ救いようがある」
宗介は顔をげた。
「商いで番恐ろしいのは、損ではない。信用を失うことだ。はまた稼げるが、のは度れると戻りにくい」
「肝に銘じます」
「だが、おにはもうつりぬものがある」
宗介の胸がし緊張した。
「何でございましょう」
兵はすぐには教えなかった。
代わりに、いもよらぬことを言った。
「宗介殿。つ頼みがある」
「何なりと」
「わしの娘を、そなたの妻に迎えてくれぬか」
宗介は言葉を失った。
泉に娘がいることはっていた。
特に姉のおは、戸でも評判になるほど美しい娘だという。