"銀行にいた偽妻" 第1話
斎藤かよ子、60歳。37連れ添った夫・剣との暮らしは、い、静かで穏やかな川の流れのように続いていた。きな波をてず、決められた役割を守りながら々をえていくことが、いつの頃からか彼女にとって結婚活そのものになっていた。
剣は会社を経営しており、仕事でを空けることも珍しくなかった。子供たちはすでに独し、広いマンションには夫婦2だけが暮らしていたが、だからといって若い頃のような会話が戻ってきたわけではなかった。
その朝も、剣はいつも通りスーツ姿で玄関にっていた。かよ子が丁寧にアイロンをかけたいシャツに袖を通し、鏡を見ながらネクタイをえている。
「今度の張はし引くかもしれない。阪で事な話があるんだ」
そう言いながら、剣はかよ子の肩を軽く叩いた。その仕には優しさがあるようにも見えたが、37というのでについた習慣だけが残っているようにもじられた。
「気をつけてね、あなた」
かよ子は夫の襟元を直した。剣は満そうに頷き、玄関をると、迎えに来ていた黒塗りのへ乗り込んだ。
ドアが閉まり、が見えなくなるまで見送る。それから静まり返った部へ戻るところまでが、かよ子の常だった。
午1117分。
リビングのソファに座り、読みかけの説へ目を落としていた、固定話の呼びし音が鳴った。
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普段、このに固定話へ連絡が来ることはほとんどない。独した息子たちも友たちも、今ではスマートフォンへ連絡してくる。
かよ子はページへ栞を挟み、し胸騒ぎを覚えながら受話器を取った。
「はい、斎藤でございます」
「斎藤かよ子様のお宅でいらっしゃいますか?」
聞こえてきたのは、らない若い男性の声だった。丁寧な調ではあったが、どこか張り詰めたものがじられた。
「はい、私がかよ子ですが」
「私、央本営業部の田と申します。いつもお世話になっております」
。
その言葉を聞き、かよ子は眉を寄せた。
夫婦には取引している座があり、剣の会社関係でも央を利用している。何か類の問題でもあったのだろうか。
「こちらこそお世話になっております。何かございましたか?」
「変申しげにくいのですが……」
話の向こうで田が度言葉を止めた。
その数秒の沈黙が、かよ子の胸の奥へさなを落とした。
「奥様、今どちらにいらっしゃいますか?」
「自宅ですが」
「ご自宅、でございますか」
田は答えわせでもするように呟いた。その声に含まれた困惑が、かよ子のをさらにきくした。
「どういうことでしょうか?」
「実は今、ご主の斎藤剣様がこちらへご来されておりまして」
「主が?」
わず聞き返した。
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「主は今朝、阪へ張にましたけれど」
瞬、空港へ向かう途にへち寄ったのだろうかとも考えた。しかし、それならどうして妻である自分へわざわざ確認の話が来るのか。
「はい。それで、その……ご主とご緒に、女性がお1いらっしゃるのですが」
会社の経理担当だろうか。取引先の女性かもしれない。
それでも田の話し方は自然だった。
「その方がどうかなさったのですか?」
話の向こうでさく息を吸う音がした。
「その女性が、ご自分は斎藤かよ子様ご本であるとおっしゃっているのです」
かよ子は、言葉を失った。
「……はい?」
「ご主も、その方を奥様として紹介されています」
何を言われているのか理解できなかった。
自分は今、自宅のリビングで話を受けている。それなのに、では別の女性が「斎藤かよ子」と名乗り、夫もそれを妻として認めているという。
「何かの違いではありませんか?」
乾いた笑いが漏れた。
「だって私はここにおりますし、主は張のはずです。別ではないでしょうか」
「私どもも最初はそう考えました」
田の声がくなった。
「ですが、その女性は奥様と同じお名を名乗り、ご所、、ご族に関する報まで正確にお答えになっています。分証に必な類もお持ちです」
かよ子は受話器をく握った。
「分証まで?」
「はい。