"欠陥品と呼ばれた歌姫" 第11話
「ママがいなくなるのこと、全部覚えてるわけじゃないんだけど、ってる声はし覚えてる。何か言うと『うるさい』って言われたような気がする」
私は黙って聞いた。
「桃ママので、初めて夜ぐっすり寝たことは覚えてるよ」
それを聞いて、私は顔を伏せた。
良は続けた。
「だから最は、捨てられたってじゃなくて、自分で帰るを選べたってにしたい」
也は何も言わず、パソコンへ向き直った。
その頃、恵のSNSはしずつ注目されていた。週刊誌系のアカウントが報提供を受けていることを匂わせる投稿をしたことで、《AIRAの実母問題》などという言葉まで部で使われ始めていた。
也は弁護士へ相談した。
私たちは、婚届の控え、恵の置き、良の保育記録、養子縁組の類、失踪の警察相談記録などを理した。メディア側へは必最限の事実だけを提示し、良本の個な傷を公しない方針を決めた。
事実確認がむと、恵の話にはすぐに綻びがた。
也が正式に親権を持っていたこと。恵自が婚届へ署名していたこと。13、良へ会おうとした記録が度もないこと。そして失踪直、也がで育児を続けていたこと。
ネット媒体から「実母との関係についてコメントを」と求められた、良はたっただけ答えた。
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《私を産んでくださったことには謝しています。ですが、私を育て、守り、今まで族としてきてきた母は桃です。これ以、族について事実と異なる話をされることは望みません》
それ以、恵を責めなかった。
置きも公しなかった。
そして翌、《母》が配信された。
曲は、私たちが像していた以に広がった。
「実母への復讐ソング」とくもいたが、私は違うとった。あれは恵への復讐ではなく、4歳の良が抱えたままにしていた「自分は捨てられる側のなのか」という問いへ、17歳になった本が答えるだった。
再数が伸びるほど、恵のSNSには矛盾を指摘する声が増えた。本が過について具体に説できず、公されている事実とも噛みわないため、いつのにか同していたたちも距を置き始めた。
やがて、恵はすべての投稿を削除した。
数、私の携帯へらない番号から通のメッセージが届いた。
《お姉ちゃんは何でも持ってるね》
私はしばらく画面を見た。
返事はしなかった。
恵は最まで分かっていなかったのだとう。
今の私たちが持っているものは、最初から用されていたわけではない。
13。
ずつ。
で作ってきたものだった。
族写真を撮る予定だった、私たちは予定通り写真館へ向かった。
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也は約束通りスーツを着ていたが、ネクタイがし曲がっていて、良から「パパ、それで仕事の打ちわせってるの?」と笑われていた。私は美容でえてもらった髪を鏡で確認し、こめかみの髪がきれいに染まっているのを見ながら、13より確かにを取った自分の顔をしばらく眺めた。
でも、嫌ではなかった。
25歳の私は、「妊娠しにくい」という検査結果を見ただけで、自分のまで決められたような気持ちになっていた。婚約を解消され、妹から笑われ、「母親になる」という未来は自分にだけ与えられないのだとい込んでいた。
42歳の私は、娘の制の襟を直し、夫のネクタイを結び直している。
は、あのの検査用にかれていた通りにはならなかった。
「では、お母さまはこちらへお願いします」
カメラマンに呼ばれた。
その言葉を聞くたび、今でも胸の奥がし温かくなる。
私は良を産んでいない。
その事実は変わらない。
同じように、5歳の良の髪を毎晩乾かしたことも、初めて学で発表できたに泣いたことも、をした夜に朝までを握ったことも、受験のに駅まで緒に歩いたことも、全部変わらない事実だった。
母親という言葉のに、どちらが「本当」なのかをつける必はないのだとえるまで、私はずいぶんいがかかった。
「ママ、もっとこっち」
良が私の腕を引いた。
「くない?」
「族写真なんだからこれくらい」
反対側から也も肩を寄せてくる。