"捨てられた夏の肖像" 第4話
わたしにはまれたからお父さんがいません。でも、さびしくありません」
教がし静かになった。
は度だけ私を見たあと、作文用へ線を戻した。
「おじいちゃんは公園につれていってくれます。おばあちゃんは料理を教えてくれます。お母さんは毎わたしの話を聞いてくれます。だから、わたしには事な族がいっぱいいます。わたしは今の族が好きです」
読み終える頃には、私は涙を隠すことができなくなっていた。父親がいないことでが傷ついているのではないかと、ずっとで恐れていたのは私だったのだ。娘は私よりずっと素直に、自分が持っている幸せを見つめていた。
教のろには、子供たちが描いた族の絵も飾られていた。の絵には卓を囲む私と両親、そして自分自が描かれており、4とも笑っていた。物の表やの形は学1とはえないほど細かく、担任の先から「さん、絵がとてもなんですよ」と声をかけられた。
それが、娘の才能を識した最初だった。
は幼い頃から絵を描くことが好きだったが、私は単に子供らしい趣だとっていた。ところが齢ががるにつれ、描写力は目に見えて伸びていき、特に物の表を捉える力が際っていた。写真のように正確なのに、なぜか写真以にそのらしく見えるのである。
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学3の、域の絵画コンクールへ学から品した作品が最優秀賞を取った。翌には県の児童美術展でも賞を受賞し、5になる頃にはも参加する公募展で審査員特別賞に選ばれた。元聞がを「表を描く女」と紹介したことをきっかけに、しずつ取材依頼も届くようになった。
しかし注目が集まれば、必ず疑うも現れた。SNSには「親が描いているんじゃないか」「学にこんな絵は無理」というき込みが増え、自もそれを目にして期を持たなくなった。私は娘を守るため、学と相談しながら必以にネットを見せないようにした。
それでも疑惑は消えなかったため、あるテレビ局から「制作過程を取材させてほしい」と依頼された、本に選ばせた。はしばらく考えたあと、「描いてるところを見てもらえば、もう嘘って言われなくなるかな」と言った。撮当、彼女は何台ものカメラので緊張しながらも、2ほどでスタッフの肖像画を完成させた。
放送、反応は変した。
「本当に本が描いていた」
「技術だけじゃなく、絵が優しい」
そんな声が広がり、は全国児童美術展でも注目されるようになった。私は名になってほしいとはっていなかったが、娘が好きなことを続け、その努力を正当に評価されることは素直に嬉しかった。
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ただつ。
が評価されるほど。
私は々、のことを考えた。
今どこで。
どんな顔をして。
何が好きで。
どんなを持っているのだろう。
誕が来るたび。
がつ成するたび。
私のでは。
もうの娘も。
同じだけきくなっていた。
婚からちょうど10が過ぎた、の作品が内のショッピングモールで催されるジュニアアート展に展示されることになった。学が休みのにで見にく約束をしていたため、私は久しぶりに仕事を完全に休み、午からと買い物を楽しんだ。靴や画材を見て回り、昼過ぎには両いっぱいの袋を抱えていた。
「ママ、アイスべたい」
「ちょうど私も同じこと考えてた」
私たちは笑いながらフードコートへ向かった。入くにはアート展のきなポスターが掲げられ、央にはの作品とさな顔写真が掲載されていたため、通りかかったが々本に気づいて振り返っていた。はまだ注目されることに慣れておらず、そのたび私のろへし隠れた。
ところがフードコートへづくにつれ、楽しげなざわめきとは違うきな声が聞こえてきた。男性が員を鳴りつけているらしく、周囲にはち止まって様子を見る客も増えていた。私はトラブルに巻き込まれたくなかったため、別の入へ回ろうとした。