"冷えた雑煮の逆転正月" 第1話
「弓さんは台所でいいわよね。どうせ座布団もりないし」
楽しそうな笑い声が、かい居から漏れていた。
元の午7。シンガポール張から予定より1く帰国した俺――佐藤健は、実の玄関の暗がりにったままけずにいた。
妻を驚かせようとい、帰国がまったことは誰にもらせていなかった。空港から直接実へ向かい、玄関の鍵を静かにけたまでは、弓がどんな顔をしてぶだろうと、そればかり考えていた。
ところが、廊の先に見えた景は、俺の像とはあまりにも違っていた。
の効いたるい居では、母のかず子と弟の直がきな卓を囲んでいた。箱いっぱいのおせち、皿に盛られた刺、茹でたタラバガニ、そうな本酒まで並んでいる。
テレビからは正特番の笑い声が響き、母も直も嫌だった。
だが、その輪のに弓の姿だけがない。
俺はスーツケースを玄関に残し、音を殺して廊の奥へんだ。
台所は暗かった。
居との境の引き戸は半分ほど閉められ、の空気もほとんど届いていない。元から気ががり、くっているだけでも指先がたくなる。
その台所の隅で、弓は1、さな丸子に座っていた。
作業台のには、あせたプラスチックの椀がつ。
に入っているのは、すっかりえた雑煮だった。
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弓は箸を持つを何度も止め、そのたびにかじかんだ指を擦りわせていた。
着ているのは、何もに俺が誕に贈ったいカーディガンだった。袖は擦り切れ、毛玉も目つ。
母は美容院にもにも平気で何万円も使う。
それなのに、以弓が物のコートを買おうとした、母は、
「にあるもので分でしょう。健が稼いでいるからって無駄遣いはよくないわ」
そう言って買わせなかった。
俺はその話をっていた。
っていたのに、く考えなかった。
弓が「丈夫よ」と笑ったからだ。
その擦り切れた袖を見た瞬、胸の奥を刃物でえぐられたような痛みがった。
今すぐ居へ踏み込みたかった。
おせちの並んだ卓をひっくり返し、母を鳴りつけ、直をから叩きし、弓のを掴んでこのをたい。
だが、俺はかなかった。
コートのポケットので拳を握り締める。
ここで鳴れば、母は必ず言う。
「弓さんが自分で台所の方が気楽だって言ったのよ」
「嫁なんだから、みんながゆっくりできるように気を利かせただけでしょう」
そして最には弓自が、
「私がここでいいと言ったんです」
そう言ってをげる。
これまで何度も同じことがあった。
母の言葉を疑った俺に、弓はいつも母をかばった。
だからこそ、今ここでになってはいけない。
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母たちが度と言い逃れできない形で、全部終わらせる必があった。
「おい、弓!」
居から直の声がんだ。
「ビールりねえぞ。もっとえてるの持ってこいよ」
弓の肩がびくりと震えた。
直は40歳を過ぎても定職に就かず、母のと俺の仕送りを当てにして暮らしている。それでものでは、弓より自分の方がだとい込んでいるらしい。
「はい。今、お持ちします」
弓は慌ててちがった。
その声には、結婚した頃のるさがなかった。
さく、平坦で、何かを諦めきったの声だった。
俺は廊の物へを隠した。
弓は蔵庫からビールをし、居へ運ぶ。
「本当に遅いわね」
母の声がした。
「健がいないと、気が利かないにもほどがあるわ」
「すみません、お義母さん」
「くけてちょうだい」
「はい」
弓の謝罪を聞きながら、俺は奥歯を噛み締めた。
やがて弓が戻ってくる。
その背へ、居から品な笑い声が追いかけてきた。
「兄貴もさ、あんなな女とよく結婚したよな」
直だった。
母が笑う。
「健は昔からがいいのよ。あの女だって、うちの財産が目当てなんじゃないの?」
「親父の、渡すなよ」
「もちろんよ。あの女には1円だって渡さないわ」
俺はスマホを取りし、録音を始した。
弓は聞こえていないふりをして流し台のへった。
蛇をひねる。
たいが勢いよく流れた。
弓はそのへを入れ、皿を洗い始める。
湯器はある。
なのに使っていない。