"吹雪の一杯" 第4話
「てますか?」
通じなくても構わず、富美子は男の腕を肩に回した。だが、ほとんど体を預けられた瞬、膝が折れそうになった。
70歳の女で支えられるさではない。
それでも、このまま置いていけばぬかもしれない。
富美子は自分の半纏を脱ぎ、男の肩から胸へ巻きつけた。たいがセーター越しに背へ入り込み、瞬で体温を奪っていく。
「お願い。って」
男の腰を支え、全の力で起こした。ゆっくりだが、男のがのにった。
歩。
歩。
歩。
何度もを取られた。男だけではなく、富美子の膝も震え始めていた。
途でとものへ倒れた。
「寝ちゃだめ」
富美子は男の肩を叩いた。
「ここで目を閉じちゃだめよ」
男のジャケットので、何かが鈍く震えた。スマートフォンらしいが、そんなものを確認している余裕はない。
もう度起こす。
旅館の裏が、の幕の向こうにぼんやり見えた。
その、戸がいた。
「女将さん!」
真帆だった。
「何してるんですか!」
「が……倒れてて」
真帆は迷わずのへってきた。
「反対側、持ちます」
で男を支えた。残り20メートルが、途方もなくかった。
ようやく裏へたどり着き、戸を閉めた瞬、富美子はそのに座り込んだ。指先も頬も覚がく、息をするたび胸が痛い。
それでも。
助かった。
なくとも、のからは連れせた。
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真帆が固定話で消防へ連絡する。除を先させる必があり、救急隊の到着には最でもかかるという。
富美子は男の濡れた着を脱がせ、乾いた毛布で包んだ。急にく温めないよう、囲炉裏からしした所に寝かせ、布で包んだ湯たんぽを脇と元へ置いた。
男の呼吸が、しずつ落ち着いていく。
富美子はその顔を見つめながら、ようやく自分の掌が震えていることに気づいた。
あのたさが、まだ皮膚の内側に残っていた。
男が識を取り戻したのは、夜9をし回った頃だった。
「……Where……?」
く目をけ、かすれた声をす。
「旅館です。Inn」
富美子が自分を指し、それから館内を指した。真帆が横から簡単な英語で説すると、男はようやく状況を理解したらしい。
「Thank you……」
「まだ話さなくていいですよ」
通じなくても、富美子は本語で言った。
頬にはしずつ血のが戻っている。救急隊からも、識がはっきりしていて震えが戻っているなら、無理に量のをさせず様子を見るよう言われていた。
富美子は台所へった。
鍋に昆布と煮干しの汁を取り、根とねぎを柔らかく煮る。最に噌を溶くと、い湯気と緒に慣れ親しんだりがちった。
量を椀に入れ、男のところへ運ぶ。
「しずつね」
男は両で椀を受け取った。まだ指先が震えている。
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しばらく湯気を見つめてから、んだ。
目を閉じる。
目。
喉がゆっくりいた。
目をんだ、男の頬を涙が筋流れた。
富美子は、見なかったふりをした。
く旅館をしていると、泣いている客に必以に目を向けない方がいいがあると分かる。しいのか、したのか、本にもまだ分からない涙もある。
「……Sorry」
男が言った。
「何が?」
真帆が英語で聞く。
し会話してから、真帆が笑った。
「泣くつもりじゃなかったって」
「噌汁くらいで泣いてくれるなら、作った甲斐があります」
男もし笑った。
「Thomas」
自分を指す。
「トーマスさん?」
「Thomas Reed」
イギリスから来たという。本には何度も訪れており、簡単な本語なら理解できた。
「この、噌汁」
トーマスは胸のあたりへを当てた。
「体だけじゃない。ここ……温かい」
「ただの噌汁ですよ」
「ただ、じゃないです」
真剣な顔で言われ、富美子は笑った。
残っていた岩魚も温め直した。塩だけで焼いたものをすと、トーマスはべ、また箸を止めた。
「何も、さない?」
「塩だけですよ。魚がおいしいから」
「引き算……ですね」
「変な本語をってるのね」
「Foodの仕事、してます」
話を聞くと、トーマスは世界各を旅し、料理やの文化を映像にしているらしい。故郷をれているがく、頃は事を見るとわうにカメラを構えるのが癖になっていたという。
「今、カメラ忘れました」
「のに落としたんじゃない?」
「違う。噌汁む、撮ること忘れた」