"吹雪の一杯" 第3話
「急いでなんて」
「回も『今』。そのも『い方がいい』。建物にそんなに価値がないなら、別に来でも再来でもいいでしょう?」
はすぐに営業用の表へ戻った。
「取得には順番があるんですよ。女将さんにはし分かりにくい話ですが」
その言葉が、富美子の胸にさな棘を残した。
女将さんには分かりにくい。
つまり、70歳の女には難しい話は理解できないとでも言いたいのだろう。
帰り際、は玄関で靴を履きながら、何気ない調子で尋ねた。
「裏の源泉、今も使ってます?」
「ええ」
「配管は昔のままですか?」
「どうしてそんなことを?」
「いや、施設確認ですよ」
は軽く笑った。だが、そのの線は建物ではなく、その奥にある裏へ向けられていた。
がってから、真帆が囲炉裏ので言った。
「あの、旅館を買いたいの目じゃありませんね」
「やっぱりそういます?」
「普通なら客数とか、浴の状態とか、改修費とかをもっと見ます。あの、ほとんど裏ばかり見てました」
富美子も同じことをじていた。
「佐々さんは、何のお仕事をしてるの?」
初めて尋ねると、真帆はし迷ってから答えた。
「域資源の調査をしています。自治体や民から依頼を受けて、古い建物やの利用履歴、域の文化資産なんかを調べる仕事です」
「だから詳しいのね」
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「は」
真帆はの置いていった類を見た。
「もしよければ、その買い取り提案、し見せてもらえませんか?」
「いいけど……どうして?」
「確認したいことがあります」
「何を?」
真帆はすぐには答えず、窓の向こうにあるの裏を見た。
「まだ、ただの勘です。でも、あの会社が本当に欲しいのは、旅館じゃないような気がするんです」
そのの午から、は本格な吹に包まれた。
午6を過ぎた頃には、庭の灯籠さえ見えなくなっていた。はから落ちてくるのではなく、横から建物に叩きつけられているようだった。が根を揺らすたび、古い柱のどこかでい軋みが鳴った。
「へくのはにした方がよさそうですね」
真帆は窓からを見ながら言った。
「この気なら、も午はけないかもしれませんよ」
「もう泊、お願いしても?」
「もちろん。今夜も貸し切りです」
夕は囲炉裏のそばでした。岩魚を炭で焼き、里芋の煮物、菜の漬物、湯豆腐を並べる。真帆は派にを言うではなかったが、品ずつ丁寧にべた。
「昔も、ここでべました」
「囲炉裏で?」
「はい。父が珍しくお酒をんで、母が笑ってたのを覚えてます」
その声には、懐かしさだけではないものが混じっていた。富美子は詳しく聞かなかったが、8歳の子どもの記憶に残るほど、その夜は真帆にとってきなを持っていたのだろう。
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夜8を過ぎた頃、薪が残りなくなった。朝までならりるかもしれないが、え込みを考えると許ない。富美子は裏に掛けてある古い半纏を羽織った。
「薪を取ってきます」
「私もきます」
真帆がちがった。
「すぐ裏だから丈夫。あなたはお呂に入ってて」
そう言って戸をけた瞬、富美子はし悔した。
が頬に突き刺さった。は細かな氷の粒のようで、目をけているのもつらい。薪までは30メートルほどしかないが、数歩むだけで呼吸が苦しくなった。
どうにかへたどり着き、薪を、本抱える。踵を返そうとした、杉林の入で黒いものがいた。
倒かとった。
だが、もう度いた。
「誰かいるんですか!」
返事はなかった。の音に混じって、何か声のようなものが聞こえた気がした。
富美子は薪をのに落とし、杉の根元へづいた。そこに、が倒れていた。
柄な国男性だった。登用のジャケットを着ているが、片方の袋がなく、むきしの指がくなっている。顔にもが積もり、唇はにかった。
「しっかりしてください!」
しゃがみ込んで頬に触れた瞬、富美子は息を呑んだ。氷に触れたようなたさだった。
男がく目をけ、何か英語で言った。富美子には聞き取れない。携帯話を取りしたが、画面には「圏」
の文字がている。
このでは珍しいことではない。旅館の固定話から消防へ連絡できるが、今ここで男を放って戻るわけにはいかなかった。