"楽譜鞄の13年" 第4話
しかし、その先の取りを覚えている者はいなかった。
517、捜査範囲は駅やバスターミナルまで広げられた。宿駅、渋駅、各バス乗りの職員にも写真が見せられた。
だが、目撃報は得られなかった。
520、マスコミが事件を取りげた。
「京芸術学の才ピアニスト失踪」
そんな見しが聞に載り、テレビニュースでもく報された。報提供の話はいくつか入ったが、ほとんどが別の目撃報だった。
そして522、1つのな証言が届いた。
音楽学部の建物くで清掃の仕事をしていた藤田清子、62歳。
彼女は震える声で言った。
「514の夕方、変なものを見たんです」
「何を見たんですか」
「音楽学部の建物の裏、ゴミ集積所のくでした。6半頃だったといます。そこで2の女の子が話しているのを見ました」
田は姿勢を正した。
「2ですか」
「はい。1は背がくて髪がい学、もう1はし背がい学でした」
「顔は見えましたか」
藤田は首を振った。
「距がありました。20mくらいれていましたし、も暮れかけていました」
「何を話していたかは」
「声までは聞こえません。でも、雰囲気がおかしかったんです。言い争っているように見えました。1がを振り回していて、っているみたいでした」
その、藤田が清掃具を取りにって戻ると、2の姿は消えていた。
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さやかが誰かと論していた能性。
それは初めて現れた、事件らしいがかりだった。
刑事たちは、再び音楽学部の学たちを呼びした。
514の夕方6半頃、建物裏のゴミ集積所くにいた者はいないか。
しかし、誰も名乗りなかった。
525、捜査はき詰まり始めていた。学周辺、駅、バス、商、宿。確認できる範囲はほとんど確認されたが、さやかの方は分からない。
そんな、さな発見があった。
音楽学部裏のゴミ集積所付を再捜索していた刑事が、排溝のそばでのヘアピンを見つけたのである。
とに濡れ、沢は失われていた。
田はそのヘアピンを両親に見せた。
母の恵は、見た瞬に元を押さえた。
「これ、さやかのです。私が、買ってあげたものです」
物証がた。
さやかが建物の裏にいた能性は、気にまった。つまり藤田が目撃した2のうち、1はさやかだった能性がい。
問題は、もう1が誰なのかだった。
警察はヘアピンから指紋を採取しようとした。しかしに洗われ、指紋は残っていなかった。当、DNA検査は現ほど般ではなく、微細な痕跡を分に分析する技術も限られていた。
615。
さやかがする予定だったショパン国際ピアノコンクールがポーランドで催された。本代表は別の演奏者に交代され、テレビニュースでは、さやかの失踪事件が再びく触れられた。
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報提供の話は再び入った。
だが、どれも空振りだった。
が過ぎ、9になった。
学では学期が始まった。さやかの席は空いたままだった。学は学籍を維持していたが、学たちので彼女の名がにされる回数は減っていった。
マスコミも次第に事件を取りげなくなった。
1992。
1が経っても、さやかは戻らなかった。
警察は公式には捜査を続けると言ったが、実質には未解決事件として扱われるようになった。松本夫妻は毎514になると、学のにち、ビラを配り続けた。
けれど、々の関はれていった。
2、3、5。
は容赦なく流れた。
さやかの練習は、別の学に割り当てられた。ピアノのに残されていた楽譜も、証拠として保管された、部からは消えた。
藤田清子が目撃した2の正体は、らかにならなかった。
建物裏で見つかったヘアピンも、決定ながかりにはならなかった。
々は、松本さやかという名をしずつ忘れていった。
だが、真実は消えなかった。
誰かの記憶の奥に。
誰かの罪悪のに。
そして、族の壊れた沈黙のに。
13というをかけて、静かに沈んでいた。
200437、午10。
世田警察署に、1本の話がかかってきた。
「松本さやか事件の担当の刑事さんとお話しできますでしょうか」
声は女性で、震えていた。
当の担当だった田誠はすでに定退職していた。