"楽譜鞄の13年" 第2話
だが、母の声には迷いがなかった。
「うちのさやかは、そんな子じゃありません。絶対に」
事務はすぐに担当教授へ連絡した。
ピアノ科主任教授の本健造は、話を受けた瞬、事態の刻さを直した。さやかは1かにポーランドへ発する予定で、毎10以、練習にこもっていた学だった。
無断で欠席するはずがない。
本教授は受話器を置くと、すぐに練習棟へ向かった。
3階の廊の突き当たり、側にあるさやか専用の練習。教授は扉のでを止め、軽くノックした。
返事はなかった。
管理に鍵をけてもらうと、部は空だった。
アップライトピアノが1台。壁には音楽のポスターが貼られ、机には線譜と鉛、消しゴムが然と並べられていた。乱れた様子はなかった。
ただ、ピアノのに1枚の楽譜が広げられていた。
本教授はづき、楽譜の隅を見た。
「もう弾けない」
鉛で乱暴にかれたその文字を見た瞬、教授は胸を締めつけられた。
しかし、まだ断定はできなかった。体調を崩してどこかで休んでいるのかもしれない。あるいは、圧に耐えられず、に気分転換へたのかもしれない。
午10、世田警察署に正式な失踪届が受理された。
申告者は父の松本孝志。55歳の学教師だった彼は、震えるで申告に記入した。
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「娘が昨の夕方から連絡が取れません。どうか、見つけてください」
担当したのは、45歳のベテラン刑事、田誠だった。
田は申告内容を聞きながら、落ち着いた声で質問をねた。
「お嬢さんは、普段からを空けることがありましたか」
「1度もありません」
「最、交際相のことや学活で悩んでいる様子は」
孝志は首を振った。
「娘はピアノだけを弾いていました。のことには関もなかったんです」
田は頷いたが、内ではまだの能性を考えていた。22歳の女子が1帰らないことだけで、事件と断定するにはい。
それでも、彼は続き通りに捜査を始めた。
午2、刑事たちは京芸術学のキャンパスに到着した。最初に向かったのは、音楽学部の建物だった。さやかが最に目撃された所である。
建物管理の川は、65歳の男性だった。刑事たちので、し記憶をたどるように目を細めた。
「昨の夕方5半頃だったといます。さやかさんが3階からりてくるのを見ました」
「1でしたか」
「はい、1でした。いつもそうでしたから」
「表や歩き方はどうでしたか」
川はし考えた。
「いつもと変わりませんでした。ただ、楽譜鞄を片に持っていて、しそうでした。鞄が片方に傾いていましたから」
刑事たちは3階へがった。
廊は狭く、蛍灯の部が微かにちらついていた。
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さやかの練習に入ると、田はまず部全体を見渡した。机、子、ピアノ、壁のポスター。すべてがっている。
荒らされた形跡はない。
ピアノのの楽譜は、写真に収められた。
「もう弾けない」
その言葉が、極端な選択を示しているのか。それとも単なる練習の愚痴なのか。刑事たちのでも見は分かれた。
引きしをけ、ゴミ箱も調べた。
ゴミ箱のには、くしゃくしゃになった線譜が数枚あった。音符がびっしりかれていたが、途で荒々しくき直された跡があった。
午4、刑事たちはピアノ科の学たちを集めた。
同じ学の学、輩、男子学。1ずつ個別に話を聞いた。
崎博子という21歳の女子学は、緊張した表で子に座った。
「さやか先輩は、いつも静かでした。数がなくて、練習以のことには関がなかったです」
「親しい友は」
崎は首を横に振った。
「誰ともく付きっていなかったといます。昼も1でべて、休みも練習にいました」
輩の田志保は、最に廊ですれ違った学だった。彼女は膝のでを握り、慎に証言した。
「540分頃でした。先輩は階段の方へりてきました。私に軽く頷いて、そのまま通り過ぎました」
「表は」
田はしためらった。
「いつもと同じでした。無表でした。先輩は、いつもそうでしたから」
同学の男子学、林は、苦い表で言った。
「さやかは才でした。