"無能嫁のタワマン逆転" 第1話
「このでまともなのは俺だけだ。このになって、無職の引きこもりを2も養わなきゃいけないのか」
夫が卓の向こうでそう吐き捨てた、私は持っていた箸を静かに置きました。
夕方の台所には、噌汁の湯気がまだ残っていました。シンクには夕を作るに使った鍋が置かれ、壁の計の針だけが、やけにきな音をてているようにじられました。
私の名は玲子。73歳の主婦です。
45歳になる息子の徹と、75歳の夫と、京郊の戸建てで3暮らしをしています。
夫は元方員でした。私が27歳の、同じ職でりい、職結婚しました。本当は、結婚してからも私は仕事を続けたかったのです。当はでの仕事にもやりがいをじていましたし、同僚との関係も悪くありませんでした。
けれど夫は、結婚からはっきりと言っていました。
「女はを守るものだ。男がで稼ぎ、女がのことをする。それが番うまくいく」
その言葉に違がなかったと言えば嘘になります。
けれど、当の私はまだ若く、結婚とはそういうものなのだろうと自分に言い聞かせました。夫の職でのも考え、私は退職して専業主婦になりました。
それから40以、私は事と育児に励んできました。
夫は文字通り、「のことは女の仕事」
広告
と考えるでした。洗濯の回し方も、炊飯器の使い方も、どこに何がしまってあるのかも、ほとんどりません。ゴミしのさえ、私が声をかけなければ分からないでした。
正直、満がなかったわけではありません。
けれど、庭を壊さないため。子どものため。夫もで変なのだから。
そう自分に言い聞かせて、ここまでやってきたのです。
息子の徹は、10にIT企業を退職しました。
徹は能なシステムエンジニアでした。学でも成績は優秀で、卒業には複数の名企業から内定をもらっていました。入社も規プロジェクトにいくつも携わり、社内で評価されていたと聞いています。
けれど、能力があることと、組織の関係に耐えられることは別でした。
司や同僚との関係がうまくいかず、徹は相当なストレスを抱えるようになりました。
当、徹は毎のように夜まで働いていました。終にいに帰ってくることもあり、玄関で靴を脱いだまましばらく座り込んでしまうもありました。
「頑張っても、結局、声のきいの方が評価されるんだよ」
ある夜、徹がぽつりとそう言ったことがあります。
私は台所で温め直した夕を卓に並べながら、その声の暗さに胸が痛みました。
「無理しすぎないでね」
そう声をかけても、徹はさく笑うだけでした。
広告
「うん。丈夫」
でも、丈夫ではなかったのです。
無理な案件を押し付けられることもかったらしく、朝になると吐き気と痛で起きられないが増えました。布団ので青ざめた顔をしている息子を見るたび、私はどうしていいか分かりませんでした。
そしてついに、徹は会社にけなくなりました。
その、夫は息子を責めました。
「そんなけないことでどうするんだ。を病むなんて甘えでしかない。だいたい25にもなって独なんて、責任がない証拠だ」
徹は何も言い返しませんでした。
ただ、卓の子に座ったまま、うつむいていました。指先が膝のでさく震えていたのを、私は今でも覚えています。
私は結婚して以来、初めて夫にく逆らいました。
「やめてください。徹は頑張っていました。これ以、追い詰めるようなことを言わないでください」
声は震えていました。
それでも、言わずにはいられませんでした。
しかし夫は私を睨みつけました。
「そうやっておが甘やかすからいけないんだ」
そのから夫は、息子に優しい言葉をかけることはなくなりました。顔を見れば、ひどい言葉を投げつけるようになりました。
徹は、次第に自分の部に引きこもるようになりました。
当、夫は勤めていた方を定退職し、関連会社で再雇用として働き始めたばかりでした。
まだに働きにる所があった夫は、自分だけがを支えているといういをめていったのかもしれません。