"空っぽの珈琲サーバー" 第7話
達は私たちのでは、必ず杖を使った。物を探すも、見えていないふりをした。を選ぶも、「肌触りが悪い」と言いながら、や形には触れないようにしていた。
けれど々、自然な瞬があった。
テーブルの端に置いたばかりの皿を、達が迷わず避けたことがある。
私が何も言わずに置いたしいクッションの位置を、でうまく避けたこともある。
テレビに映る奈美の声を聞いた、達は「今の髪型も似ってそうだな」とを滑らせたこともあった。
そのたびに私は、さな違を胸の奥にしまった。
まさか。
そんなはずはない。
夫が族を騙すはずがない。
自分にそう言い聞かせ続けていた。
けれど、コーヒーの件で、もう目を逸らすことはできなくなった。
その、義母はデイサービスにっていた。信吾は学。私はパート。には達1のはずだった。
そして達は、にいてコーヒーをんだふりをした。
つまり、本当はしていた能性がある。
私は達の通院先、奈美のことをいした。
顔が見えないはずなのに、毎回嬉しそうに名をす達。
「奈美先はいい匂いがする」
「が柔らかい」
「テレビで見るよりいいだった」
その言葉の1つ1つが、今になって別のを持ち始めた。
私は決した。
翌、達をいつものように科へ送り届ける。
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そして、そのまま迎えにかない。
信吾と緒に、私の実へ向かう。
夜のうちに最限の荷物をまとめた。
信吾は制や教科、画編集に使うノートパソコン、数枚のをリュックに詰めた。私は通帳や印鑑、切な類をバッグに入れた。
キッチンにち、最に空っぽのコーヒーサーバーを見た。
もし信吾が豆を買い忘れていなかったら、私はまだ気づかないふりを続けていたかもしれない。
信吾のうっかりが、達の嘘を暴いた。
翌朝、私はいつも通りに振るった。
達に朝をし、義母のデイサービスの準備をし、信吾を学へ送りした。達は何もらず、いつものように科へく準備をしていた。
「今は奈美先のだな」
達は杖をに取りながら、どこか嬉しそうに言った。
私はその横顔を見た。
「ええ。きましょう」
ので、達はまた奈美の話をした。
「最、奈美先が俺の演奏画を褒めてくれたんだ。やっぱり分かるには分かるんだな」
「そう」
「名に褒められるって、悪くないな」
「よかったわね」
私はく返事をしながら、病院までをらせた。
病院のに着くと、達は杖をにりた。
「いつも悪いな。終わったらよろしく」
「解」
私はいつもと同じように返事をした。
達は杖をつきながら病院の入りへ向かっていった。
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自ドアので度だけ振り返ったように見えたが、私は表を変えなかった。
その背が病院のへ消えるのを確認してから、私はを発させた。
学を退した信吾を迎えにき、そのまま実へ向かった。
助席の信吾は、窓のを見つめたまま何も言わなかった。
しばらくってから、私は静かに言った。
「もう、あのには戻らないわ」
信吾はさく頷いた。
「うん」
その声には、もあった。
けれど、それ以に、どこかほっとした響きがあった。
私はハンドルを握るに力を込めた。
このから、私たちの活はきく変わる。
けれど、もう戻るつもりはなかった。
達を科のでろしてから、私は度も振り返らなかった。
病院の自ドアのへ杖をついた達の背が消えた瞬、胸の奥に残っていた最の迷いも消えていった。
助席には信吾が座っていた。学を退させたことへの罪悪が、まったくなかったわけではない。けれど、これ以あので信吾を苦しませる方が、母親として違っている気がした。
「母さん」
信吾がぽつりと呼んだ。
「なに?」
「父さん、本当に目が見えてるんだよね」
その声は、確認というより、自分に言い聞かせるようだった。
私はハンドルを握ったまま、を見つめて頷いた。
「ええ。たぶん、もう違いないわ」
「そっか」
信吾は窓のへ顔を向けた。
通り過ぎるのが、息子の横顔に流れていく。まだ学の顔だった。