"壁の中の合唱団" 第5話
裕子、田美、佐藤恵里。3の族を探し、1ずつ訪ね歩きました。
20という歳は、族たちにもい傷を残していました。
すでにこの世をった族もいました。子どものも分からないまま目を閉じたもいました。耐えきれない記憶から逃れるため、くへ引っ越したもいました。
それでもは粘りくを運びました。
元を証するには、DNA鑑定が必でした。骨から採取したDNAと、血縁者のDNAを照するのです。
裕子の夫は検査に現れ、自分の血を取ってほしいと言いました。
「私が誰よりも妻のことをっています。私の血で確認してください」
しかし刑事は、申し訳なさそうに首を振りました。
「ご夫婦は血縁ではありません。照には、お子さんやご親族の協力が必です」
夫はしばらく呆然とち尽くしていました。
20連れ添った妻なのに、自分の血では確認すらできない。その事実が、さらに彼を傷つけました。
代わりに、裕子が残した2の子どもが検査に応じました。母親を失ったには幼かった彼らも、今ではになっていました。
美の検査には、方にむ老いた両親と弟が応じました。弟は姉の写真を懐から取りし、じっと見つめていました。
恵里の検査には、あの母親が応じました。今ではすっかり髪の老になっていました。
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母親は震えるで涙を拭いながら言いました。
「うちの恵里なら、遺骨でもいいから会わせてください」
20待ち続けた母親の言葉でした。
結果がるまで、族たちは眠れぬ夜を過ごしました。
そして数、鑑定結果が届きました。
3体の遺骨は、それぞれの族のDNAと完全に致しました。
会館のからた遺骨は、違いなく裕子、田美、佐藤恵里でした。
20、方というたい言葉のに閉じ込められていた3が、ようやく名を取り戻したのです。
らせを聞いた族たちは、そのに崩れ落ちました。
恵里の母親は声をげて泣きました。
「私を置いて、あんなたい所で20も……」
美の弟は壁を拳で殴りました。
「姉ちゃん、俺が迎えにけばよかったのに」
裕子の子どもたちは、言葉を失っていました。母親の顔をぼんやりとしか覚えていないまま、になってしまったのです。
も静かに目を拭いました。
3をたい暗からしてあげることはできました。
しかし、本当の戦いはここからでした。
3を殺したがする。
その者を見つけさなければならない。
はそうくいました。
けれど、彼はそこで、別のたい壁にぶつかることになります。
は事件記録を抱え、検察庁へ向かいました。
遺骨は見つかった。
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元も判した。因も殺と見て違いない。あとは犯を見つけ、罪を問うだけだ。
そう信じていました。
しかし、担当の検事は苦しい表でをきました。
「さん、残ですが、この事件は公訴効が成しています」
は瞬、自分のを疑いました。
検事は資料に目を落とし、説を続けました。
3がくなったのは1991。当の法律では、殺罪の公訴効は15でした。したがって、2006にはすでに効が成していたのです。
その、法律は改正されました。殺罪の効は見直されました。けれど、その改正は過の事件にさかのぼって適用されるものではありませんでした。
つまり、今から犯を見つけたとしても、1991の殺罪として処罰することはできないということでした。
は言葉を失いました。
そして、ようやく声を絞りしました。
「を3殺して、20も会館のに閉じ込めておいて、何の罰も受けないと言うんですか」
検事も苦しそうに顔を伏せました。
「私も無です。しかし効が成した事件は、起訴することができません」
法は法でした。
どれほど残酷な罪でも、定められたが過ぎれば、裁くことができない。
は検察庁をて、しばらくにち尽くしました。
悔しさで胸が焼けるようでした。20ぶりに3を見つけたのに、そのの代償を問うことができない。
族たちに何と伝えればいいのか。
けれど、はそこでち止まりませんでした。