"壁の中の合唱団" 第3話
1かが過ぎ、また1かが過ぎました。
翌の、しいホールが完成しました。綺麗なステージに々は戻り、唱団の空席はしい顔ぶれでしずつ埋まっていきました。3の名は、にされることが減っていきました。
警察署の捜査記録も、分い類ののへ押し込まれました。
類には、こう記されました。
各自の事により、自発に失踪したと見られる。
そのたい文字のに、裕子、美、恵里の名は埋もれていきました。
ただだけは、その事件を簡単に放すことができませんでした。
の、彼は折、あの暗いにち尽くしました。3が最に笑いながら歩いたというです。傘も差さず、濡れたアスファルトを見つめながら、彼は何度も同じ問いを胸ので繰り返しました。
あの夜、いったい何があったのか。
3はどこへ消えたのか。
その答えが、毎々がをっていた会館のいコンクリートのに眠っているなど、そののはまだる由もありませんでした。
20の歳が流れました。
1991の川崎は、もうそこにはありませんでした。埋の古いの部は姿を消し、狭いのあった所には広いが通りました。古いアパートは取り壊され、いマンションが並びました。
町は、誰も止められない速度で変わっていきました。
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文化会館もまた、町とともに姿を変えました。1992のに完成したしいホールは、くの民に利用され、週末になればであふれるほどになりました。
さな民唱団から始まった活は、20のにきく育ちました。テレビのローカル番組で名を取りげられることもありました。々はその成を「奇跡」と呼び、会館を支えてきた幹部たちは元の名士として尊敬を集めました。
その華やかな成の裏に、どれほど暗いが潜んでいるのか、誰もりませんでした。
2010の、会館はきな決断をしました。
古いホールを取り壊し、さらにきく派な施設へ建て替えるという計画です。
民たちの気持ちは、期待が半分、名残惜しさが半分でした。20く、そこに集まってい、祝賀会をき、追悼コンサートをい、会い、別れ、暮らしの節目を刻んできた所だったからです。
最の唱祭の、配の団員たちは壁を撫でながら涙を拭いました。
ステージので財団の理事が挨拶しました。
「この所を守ってくださったすべてのに、から謝いたします」
その、団員全員で1曲をいました。
それは、かつて裕子、美、恵里がよくっていた曲でした。
誰もりませんでした。
その声が、壁ので眠る3への鎮魂になるなど。
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2011の、ついに解体作業が始まりました。
巨なショベルカーが会館の敷に入り、鉄の爪で壁を打ち砕くたび、埃がくいがりました。20の記憶を抱えた建物は、数のうちに瓦礫のへと変わっていきました。
ステージのあった所も、客席のあった所も、跡形もなく消えていきました。古い製の板が瓦礫のから砕けた姿で転がりてくると、見守っていた民たちはため息をつきました。
やがて作業はへとみました。
その建物にはがありました。ボイラーと貯タンクが置かれた械で、普段は管理以ほとんど入りしない所でした。
ショベルカーがを掘りめると、古いボイラーが引きはがされ、錆びた配管が引きずりされました。最初は特に変わったことはありませんでした。
しかし、作業員の1が図面を見ながら首をかしげました。
「ここ、図面とわないな」
械の片側の壁の向こうに、図面にはない空があるようでした。古いレンガとコンクリートで頑丈に塞がれた所でした。の壁に比べて、そこだけひどく荒く、雑に仕げられていました。
まるで、誰かが急いで塞いだかのようでした。
配の作業員が壁を叩きました。
コン、という乾いた音が響きました。
の壁とは違う、内側に空洞があるような音でした。
「ここ、なんかおかしいぞ」
作業員たちのに、妙な緊張がりました。
「でも隠してあるんじゃないか」