"十一年目の父欄" 第2話
期な預かりとはえなかった。
テーブルの端には、学からの封筒が置かれていた。練馬区学の名が印字されている。保護者欄には「幸子」の名があり、そのに続柄として「祖母」と記されていた。
祖母。
その文字は、静かな確定のように浩の目に入った。
浩はので計算を始めた。
自分が渡米したのは28歳の。現39歳。差は11。目のの子どもたちは10歳か11歳ほど。
計算はう。
けれど、なぜ今まで何もらされなかったのか。
母は、浩の事業が定するまで配をかけたくなかったのだろうか。それとも、らせるべき期を逃し続けたのか。あるいは、もっと別の理由があるのか。
問いは浮かぶが、まだ結論には至らなかった。
そのの夕方、優太とひなが帰ってきた。
玄関のドアがく音がして、2分の音が廊に響いた。黒いランドセルを背負ったと、赤いランドセルを背負った女が、リビングの入りでを止めた。
「ただいま」
2は幸子に向かってそう言い、それから浩の方を見た。
幸子がエプロンでを拭きながら紹介した。
「こちらは浩。アメリカから帰ってきたの」
優太はしだけをげた。
「こんにちは」
ひなも続いてさく会釈した。
「こんにちは」
礼儀はあった。
しかし、親しさはない。
2は浩を名で呼ぶこともなく、父親を見るような表も浮かべなかった。
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母のの息子という位置づけであれば、その態度は自然だった。
それでも、姓が同じである事実は変わらない。
浩は箸を持ちながら、2の様子を静かに観察した。優太は事のに学の連絡帳を幸子に渡し、ひなは塾の宿題をテーブルの端に並べた。どちらもこのの流れをよくっている。
に預けられた子どものきではなかった。
これは常だった。
浩は、自分が築いてきた11をい返した。
渡米当初の資。現で信用を得るまでの苦労。契約1枚のみ。との交渉。従業員への与支払い。すべては、いつか本へ戻るための準備だと信じていた。
母をさせるため。
を建て替えるため。
将来の族を支えるため。
けれど、その「将来の族」のに、すでにしていたかもしれない子どもたちが含まれていなかったとしたら、提そのものが揺らぐ。
、母は湯呑みにお茶を注ぎながら言った。
「配しなくていいのよ。事があって預かっているだけだから」
浩は湯呑みを受け取り、母の指を見た。節がし太くなり、昔よりも細くなっていた。朝の弁当で働き、子ども2の世話をしてきただった。
「母さん」
浩は呼びかけた。
だがその先の言葉は続かなかった。
でけば、事実を見誤る。
まずは類を確認し、戸籍の状況を把握する必がある。
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法な関係。民票。扶養。保険。経営者としてについた考が、息子としての混乱を抑え込んでいた。
それでも、玄関に並んだ2つのランドセルの景が、かられなかった。
浩が本をれたのは、28歳のだった。
当、本の景気は迷していた。正社員採用の枠は狭く、浩は契約社員として更を繰り返す活を続けていた。履歴に記される勤務先の数は増えても、「定」という言葉からはかった。
同代の友たちは結婚や宅購入の話を始めていた。親戚の集まりでは、誰かの昇、誰かの子どもの誕、誰かのの話が当たりのようにた。
浩は笑って聞いていた。
しかし、そのたびに自分だけが踏みをしているような覚が胸の奥に残った。
母の幸子は何も責めなかった。
「無理しなくていいのよ」
そう言うだけだった。
けれど、その優しさがかえっていもあった。息子が定まらない経歴をねている事実は、浩自のに沈み続けていた。
企業の求報を目にしたのは、偶然ではなかった。
英語が得だったわけではない。だが建設現での実務経験はあった。与準は本よりく、成果が評価に直結する環境でもあった。
挑戦する価値はある。
失敗しても帰ってくればいい。
最初は、その程度の覚悟だった。
国、浩は母に言った。
「3で戻るよ。資を貯めて、経験を積んで、本でもう度勝負する」