"十一年目の父欄" 第1話
玄関のに並んだ2つのランドセルを見た瞬、浩ので、何かが静かにずれた。
11ぶりに戻った京都練馬区の実は、から見れば何も変わっていなかった。古い塀も、玄関横の植鉢も、母が好きだったいの鉢も、記憶のにあるものとほとんど同じだった。民票も戸籍も、浩の所はこのに残されたままだった。
母が1で暮らしているはずの。
その提を、玄関に置かれた黒と赤のランドセルが静かに否定していた。
浩は39歳。アメリカ衆国カリフォルニア州で建設会社を経営していた。学卒業、本で非正規雇用を転々とした末にへ渡り、現で法をちげた。最初は請けの現作業から始まり、やがて公共施設や集宅の建設を請け負うまでになった。
今回の帰国は、なものではなかった。
資も材もい、本法を設する準備ができた。京に拠点を置き、母のくで事業を展する。そのための帰国だった。
「3で戻る」
11、そう言って本をた。
その3は5になり、5はさらに伸びた。だが今回は違う。今度こそ帰ると決めて戻ってきたのだ。
浩はキャリーケースを引きながら玄関の扉をけた。懐かしいの匂いが先をかすめる。その直、見慣れないさな運靴が2、きちんと揃えられていることに気づいた。
広告
黒い靴と、赤い靴。
どちらも学のものだった。
「……子ども?」
浩はわずさく呟いた。
のに入ると、さらに違は増した。リビングの壁には学習塾の予定表が貼られていた。学からの配布物がテーブルのにねられ、連絡帳らしきノートも置かれていた。
浩は荷物を廊に置き、ゆっくりテーブルへづいた。
名欄には、はっきりと「」と記されていた。
このに子どもはいないはずだった。
母の幸子は73歳。活を送りながら、隣の弁当で朝の補助をしていると聞いていた。体に無理をさせないためにも、帰国は自分が母を支える。そのつもりでいた。
母もそれを望んでいると、浩は信じていた。
台所から包丁の音が聞こえた。定のリズムでまな板を打つ音は、昔から変わらない母の活音だった。
「母さん」
浩が声をかけると、幸子は台所から顔をした。
「お帰り、浩。疲れたでしょう。先にを洗ってきなさい」
声は落ち着いていた。11の空などなかったかのように、母はいつもの調子で言った。
浩は線を玄関へ戻し、もう度ランドセルを見た。
「母さん、あれは?」
幸子は瞬だけ目を向けたが、すぐに鍋の加減を見た。
「りいの子を預かっているのよ」
その答えはかった。
浩は何も言わず、母の横顔を見た。幸子は線をそらさなかった。
広告
声も乱れていない。けれど、その説だけでは、連絡帳の姓が「」である理由までは説できなかった。
浩はでくの契約交渉を経験してきた。相のわずかな沈黙、語尾の揺らぎ、線のきから状況を読む癖がついていた。
その覚が今、自分の実ので働いていた。
だが、帰国初だった。旅の疲れもある。何より、母は70歳を過ぎている。
まずは落ち着いて状況を確認すべきだ。
浩はそう判断し、く追及することを避けた。
リビングの壁に貼られた学習塾の予定表には、「学5」とかれていた。名は優太とひな。どちらも「優太」「ひな」と記されていた。
齢は10歳から11歳ほど。
11、自分が本をれた頃にまれた計算になる。
浩ので、「偶然」という言葉が、ゆっくりとれていった。
夕の支度を続ける母の背は、記憶ののままだった。
幸子は噌汁の鍋をかき混ぜ、焼き魚を皿に移し、箸を並べた。作には無駄がなく、何も繰り返してきた活の形がそのまま残っていた。
「カリフォルニアの仕事はどうなの?」
母は卓に鉢を置きながら尋ねた。
「順調だよ。現法は定している。本法の登記も、ほぼ準備が終わってる」
「そう。無理はしていないの?」
「もう無理をする段階は越えた。今回は本気で戻ってきたんだ」
浩は答えながらも、目の端では壁の予定表を見ていた。
塾の、学事、持ち物の欄。そこには来週以の予定まで細かくき込まれていた。