"いただきますのない食卓、私は家を出た" 第17話
子供たちから「の黒柱」としての尊敬は完全に消え失せていた。
妻を失い、温かい卓を失い、った穏やかな暮らしを失い、最に子供たちからの信頼まで失った。
誰もいない、ゴミだらけでたいリビングで、孝志は悔の涙を流し続けることしかできなかった。
失った分の細やかなは、もう度と彼の元へ戻ってこないのだ。
方、その頃みわ子はしい朝のに包まれていた。
「いいり」
みわ子は姉のゆみ子に伝ってもらって借りたさなアパートの台所にっていた。
数週が経ち、元のパート先の介護施設で正式に正社員として働き始めた彼女は、すっかり自分だけの活リズムを取り戻していた。
誰かにせかされることのない、静かで穏やかな朝。
キッチンからはトントントンと軽やかな包丁の音が響いている。
さな鍋で分のお汁を取る。カツオと昆布の優しいりが湯気と共に部いっぱいに広がっていく。
具材は蔵庫に残っていたお豆腐としの若布。お噌をそっと溶くと、がほっとらぐようなりがち昇った。
隣のコンロではさなフライパンを使い、分の卵焼きを焼く。
いつもは族それぞれの好みにわせ、甘めにしたり汁をたっぷり効かせたり、何種類も作り分けていた卵焼き。
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今は自分が番好きな、しだけ甘めの付けにした。
炊飯器からは炊きたてのご飯の甘いりが漂ってくる。
みわ子はしく買った、お気に入りの桜のさないお茶碗にふっくらとしたご飯をよそう。
温かいお噌汁、綺麗な卵焼き、炊きたてのご飯、葉を添えたさな梅干し。
さなダイニングテーブルに並べられた朝は決して豪華なごちそうではない。
だがで初めて、誰の嫌も気にせず、誰の好みにわせることもない、自分だけのために作った事だった。
みわ子はエプロンをし、子に静かに腰をろした。
窓からるい朝が差し込んでいる。
テレビの騒がしい笑い声もない、スマホをいじり無言で箸をかす族もいない、「がい」と文句を言う声も聞こえない。
そこにあるのは、自分を切にするための静かで穏やかなだけだった。
みわ子は目のに並んだ温かい事をじっと見つめ、胸ので両をゆっくりとわせる。
「いただきます」
その声はとても静かで、澄んでいた。
誰に聞かせるわけでも、誰に褒めてもらうわけでもない。
ただ命の恵みと、今から始まるしい自分自のに向け、を込めて紡いだ言葉だった。
ぶりに、自分のために言えた「いただきます」。
お噌汁をむと、優しい温かさが体の奥底までじんわりと広がっていく。
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みわ子の目から粒の透な涙がこぼれ落ちた。
しみの涙ではない。
の苦しい束縛から解き放たれ、自分というをようやく取り戻せた、びとらぎの涙だった。
失ったというは度と戻らない。
だがこれからのを自分ので歩いていくには、決して遅すぎることはなかった。
みわ子は涙を指先でそっと拭い、卵焼きをに運び、太陽のようにるく柔らかく微笑んだ。
季節がしみ、みわ子がをてから数ヶが過ぎた。
松井の面々は、みわ子が度と帰ってこないというたい現実をしずつ受け入れ、ぎこちないながらも自分たちので活を回し始めていた。
夫の孝志は週末になると、慣れないつきでアイロンを握り、自分のワイシャツと格闘している。
最初はアイロンの温度が分からずを焦がしてしまったこともあったが、今では何とかシワを伸ばせる程度にはなった。
体調のが残るかよは、自分の薬をきな壁掛けカレンダーのポケットにつずつ入れ、毎自分でむを管理するようになった。
翔太もいため息をつきながら自分の着やシャツを洗濯へ放り込み、匠は胃が痛くならないよう、コンビニで消化に良いサラダや温かいスープを自分で選んで買うようになった。
彼らはようやく、が自分の活の仕方を覚えた。
だがどれだけ事ができるようになったとしても、あのにかつてのぬくもりは完全に戻ってこなかった。