"十万円レンズの末路" 第5話
「俺、これからどうすればいいんだよ」
玄関先で漏らした泣き言に、聡子はたく言い放った。
「その自のレンズで、これからの自分のどん底活でも記録しておけばいいんじゃない? 減されたふりじゃなくて、本当にきつい活が始まるんだから」
その言葉を最に、聡子はドアを閉めた。
今、聡子の朝は驚くほど静かで穏やかだった。
蔵庫をけると、そこには自分の好きな材だけが並んでいる。義雄のために無理をして買った見切り品の野菜も、100g78円の鶏胸肉も、もう義務で買う必はなかった。
もちろん節約は続けている。
けれど、それは義雄の趣代を捻するためではない。
自分の未来のための節約だった。
「ふう……美しい」
丁寧に淹れたコーヒーのりが、広々としたリビングに漂った。
かつて義雄のカメラ材が占領していたテーブルのには、今、聡子のノートパソコンだけが堂々と置かれている。
夜になると、聡子はいつものようにパソコンをいた。
カタカタ、カタカタ。
かつては義雄の嫌をうかがい、寝息を確認してから忍びで叩いていたキーボード。
でも今は、その音を隠す必などどこにもなかった。
聡子がみす言葉のつつが、直接彼女の資産となり、自由をより確かなものにしていく。
数、義雄から度だけメッセージが届いた。
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「カメラ全部売った。賃が払えなくて、今はネットカフェを転々としてる。聡子、頼む。度だけでいいから話を聞いてくれ」
聡子はその画面を瞥した。
そして、指先つでブロックした。
「話すことなんて、もう何もないわ」
嘘をつき、妻を自分よりのだと見し、その優しさを搾取し続けた男。
そんなのために割くは、聡子のには1秒たりとも残されていなかった。
聡子は再び画面に向きった。
指先は以よりずっと軽やかで、迷いがなかった。
失ったものは、嘘つきな同居だけ。
に入れたものは、自分の名できていくための誇りと、誰にも邪魔されない未来だった。
窓のに広がる夜景は、あの、義雄がレンズ越しに見ていた景よりも、ずっと美しく輝いて見えた。
義雄がいなくなってから、聡子の活はしずつっていった。
朝は無理に起きして、義雄の弁当を作る必がなくなった。朝も、自分の好きなものをゆっくりべられるようになった。い材を選ぶもある。けれど、それは誰かにいられた節約ではなかった。
自分で選んだ暮らしだった。
台所につと、聡子はさな鍋でスープを温めた。蔵庫には鮮な野菜がある。しだけ良い卵も買った。誰かに文句を言われることもなく、自分のために事をえられることが、こんなにもを満たすものだとはわなかった。
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リビングの棚からは、義雄のカメラ雑誌が消えた。
代わりに、聡子が好きだった本が並んでいる。物語の作り方、文章の磨き方、画構成の資料。かつて慮して隅に押し込んでいたものを、今は堂々と置ける。
夜、聡子はノートパソコンのに座った。
画面には、きかけの台本がかれている。
指を置くと、自然に言葉が流れした。
かつては活を守るためにいていた。
義雄の嘘に気づきながらも、証拠を集めるために、耐えるために、夜に文字を積みげていた。
けれど今は違う。
今、聡子は自分のを広げるためにいている。
誰かに見されても、黙って耐える必はない。
誰かの趣のために、自分の卓を削る必もない。
誰かの嘘を支えるために、自分をさくする必もない。
聡子はふと、義雄が最に残した言葉をいした。
「これだけ稼いでるなら計は泰じゃないか」
あの瞬、義雄は最まで何も分かっていなかった。
聡子の収入を見ても、彼が考えたのは謝罪ではなく、どうすればそのおに乗れるかということだけだった。
だから追いして正解だった。
聡子は静かに息を吐き、保ボタンを押した。
カチッ。
さな音が、静かな部に響いた。
それはしい台本が完成した音であり、聡子のがまた歩へんだ音でもあった。
窓のでは、夜のが静かにっている。
聡子はカーテンをしけ、その景を眺めた。
以の自分なら、義雄の顔をうかがいながら、の費をどう削るかばかり考えていただろう。けれど今は、どんな仕事をし、どんなものをべ、どんな未来を作るかを考えている。
それだけで、胸の奥が温かくなった。
聡子はテーブルに置いたコーヒーをんだ。
しめていたが、議ととても美しかった。
静寂に包まれた夜。
聡子の指先が奏でるタイピング音は、もう誰かに隠すためのものではない。
自分のを、自分の力で取り戻しただけが鳴らせる、希望の音だった。
聡子は画面に向かって、もう度指をかした。
しい物語が、そこから始まっていった。
完