"隠された十五年の物語" 第8話
宅とはわず顔を見わせた。
この町に釣り具は軒しかなかった。
黒田のだった。
商を抜けた裏通り、その釣り具は板の文字が褪せながらも、まだ営業を続けていた。
先で岸本が黒田と話していたという話を、所の老が覚えていた。
「岸本さん、ああ、あの老夫婦ね。釣りはしなかったみたいだが、なぜか先で気や畑の話をよく話していた」
「どんな話をしていましたか?」
「したことのない世話だ。気、畑の作物、子供のいない者同士で孫とはどういうものか、なんて話だった」
老は皺のい顔をし曇らせた。
「岸本さんは、若い頃にがっていた子を失くした、と釣り具の主に話したことがあるって聞いたよ。釣り具も自分には子供がいない、と。それで、しんみりとしていた」
宅はその話を聞いてしばらく何も言えなかった。
失くした女。
それはまさに岸本と静の本当の傷だった。
血の繋がった姪を実の娘のようにがり、ある突然失った。
その喪失を抱え続けてきたの傷だった。
そしてはその傷の話を、傷をつけた本である黒田に、しずつしずつ打ちけていたのだ。
同じ孤独を抱く者同士としてづき、信頼を得ようとして。
帰り、のハンドルを握りながらがぽつりと言った。
広告
「先輩、ですよね」
「ああ、かけて、あの夫婦は黒田の隣にみ、黒田の妻と芸教で言葉を交わし、黒田と釣り具先で世話をしていたんです」
「うむ」
「ただ黒田の様子を見ていただけなのでしょうか」
宅はしばらく黙ってからく答えた。
「ただ見ていただけではないだろう。いつか黒田のから真実を引きすため、美ちゃんのために真相を聞きすためだ」
のフロントガラスの向こう、くのがの夕に赤く染まっていた。
のがゆっくりと肌を流れていった。
宅はハンドルを握るの隣に座り、ふと机の引きしにしまった女の写真をいした。
セーラーを着て桜並ので笑う、あの枚。
あのは女のためにものを捧げた。
だがの最、は黒田から体何を引きしたのか。
ノートには結末がかれていなかった。
記録に残っていなかった最のの来事を語るのは、あの本のカセットテープだけだった。
町をれる頃、空にはもうつつが見え始めていた。
夜、警察署に戻った宅はノートをもう度最初からゆっくりとめくり直した。
これまで何度も目を通したつもりだったが、輩のと町を歩き、岸本夫婦の取りを実際に辿った今、同じ文字が全く違うみを持って迫ってくる。
広告
が、単なる観察記録ではなく、いい計画の丁寧な捗報告に見えてくるのだった。
机のにはめた茶の湯呑み、い袋、ノート、写真、再にセットされたままの古いカセットテープが並んでいた。
窓のはもう午零を過ぎていた。
ノートのろの方に、これまで見落としていたページが枚あった。
万の細い線で描かれた、購入した平の取り図だった。
玄関、台所、座敷、奥座敷、縁側、庭の境界線まで、定規を使って設計図のように正確に描かれている。
側の窓辺りに本の矢印がへ向かって伸びていた。
「の窓より」
宅は矢印の先に添えられたさな文字を声にして読んでみた。
「向かいの民裏物置、及び奥の畑、父の蔵」
その瞬、宅の背にひやりとたいものがった。
向かいの民とは黒田ののことに違いなかった。
そして父の蔵とは、平成、若き宅たちが捜索にち入った、黒田の畑の奥にある古い蔵のことだった。
夫婦が購入したあの平は、黒田ののちょうど斜め向かいに位置していた。
側の窓をければ、黒田宅の側物置の戸、畑、畑の隅につ古い蔵までがまっすぐ見渡せる所だったのだ。
産を通さず、直接持ち主の老婆と交渉し、現で急いで購入した理由がはっきりと見えた。
黒田に気づかれぬよう、町内に居購入の報が伝わるに確実にを自分たちのものにするため。