"甘い部屋の72時間" 第1話
救急隊員が玄関のドアをけた、最初にじたのはの気配ではありませんでした。
の奥にまとわりつくような、甘すぎるりでした。
それはのりでも、清潔な部のりでもありません。消臭剤、芳剤、アロマキャンドル、ディフューザー。いくつものりがなりい、空気そのものを塗りつぶしているようでした。
午820分。埼玉県秩父の静かな宅に、救急のサイレンが響きました。
救急隊員2は、古いアパートの階段を駆けがりました。2階の玄関ドアは、すでにいていました。
「患者さんはどこですか」
問いかけると、玄関先にっていた男が、表を変えないままリビングの奥を指しました。
「あそこです」
男の名は渡辺啓介。倒れている女性の夫でした。
隊員たちはリビングへを踏み入れました。そして、そこに広がる景に瞬息をのみました。
部の隅に置かれた1掛けのソファー。そのに、女性がもたれかかるように座っていました。首元まで布団がかけられ、顔は血の気を失っていました。
隊員の1が素くづきました。
「分かりますか。聞こえますか」
呼びかけても、反応はありませんでした。
隊員は布団をめくりました。その瞬、彼の表が凍りました。
その体の状態は、数で起きたものではない。なくとも、救急現を何度も経験してきた彼には、そう見えました。
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しかし、そこでち止まるはありません。
「直ちに搬送します」
もう1の隊員が、啓介に確認しました。
「いつからこの状態ですか」
啓介は落ち着いた声で答えました。
「今朝、見つけました」
「それまではお元気でしたか」
「はい」
い返事でした。
隊員はそれ以聞きませんでした。今は命を救うことが最優先です。
それでも、彼の目には消えない疑が浮かんでいました。
なぜ、この部にはこんなにいりがあるのか。
そして、なぜ夫はここまで静なのか。
同じにいた夫は、に警察へこう話します。
「妻が倒れているなんて、まったくりませんでした」
けれど、このには空の72がありました。
その72ので、1の女性がゆっくりと世界から切りされていったのです。
その話が鳴ったのは、朝の752分でした。
202299、曜。京・練馬区のアパートで、川えみ子は台所にっていました。
60歳になるえみ子は、いつものように噌汁を作っていました。鍋から湯気ががり、豆腐とわかめがゆっくり揺れています。
娘の咲と孫のことをい浮かべながら、えみ子はお玉をにしていました。何も変わらない、普通の朝でした。
その、携帯話が鳴りました。
えみ子はお玉を置き、を拭いてから画面を確認しました。
らない番号でした。
最は特殊詐欺もい。
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えみ子は瞬ためらいました。けれど、なぜか胸騒ぎがしました。
「もしもし」
話の向こうから聞こえたのは、く淡々とした男の声でした。
「お母さん、僕です。啓介です」
えみ子は息が止まりそうになりました。
渡辺啓介。娘・咲の夫です。
いつもなら、咲の携帯から連絡が来るはずでした。なぜ、夫の啓介から。しかも、見らぬ番号から。
「啓介さん、どうしたの」
えみ子の声は震えていました。
話の向こうで、啓介は変わらず淡々と言いました。
「お母さん、咲が倒れました」
その瞬、世界が止まったようでした。
えみ子は台所のテーブルにをつきました。指先がしびれるように震え、元がふらつきました。
「え……何ですって。倒れたって、どういうこと」
「今、にいます。朝、見つけました」
啓介の声は静でした。
静すぎるほどでした。
えみ子は昨の夜をい返しました。咲から連絡はありませんでした。実際、8の終わり頃から、咲との話はめっきり減っていました。
「今の状態は?どうして病院に連れてかないの」
「今、連絡しているところです」
えみ子はもうできませんでした。
「いつ倒れたの。なんで今頃連絡してくるのよ」
「朝、見つけたと申しげました」
啓介の返事は、のない事務なものでした。
えみ子の臓がきくねました。
何かがおかしい。
調も、状況も、すべてが。
「今すぐくわ」
そう言って、話は切れました。
えみ子は携帯を握りしめたまま、台所にち尽くしました。