"三十年目の指輪" 第1話
結婚して30になる朝でした。
その、私はいつもよりしだけく目を覚ましました。カーテンの隙からい朝のが差し込み、台所のいに細く伸びていました。
隣を見ると、夫はまだ眠っていました。背をこちらに向けたまま、規則正しい寝息をてています。その背を見た瞬、私はさく息をのみました。
今が何のか。
分、私だけがっている。
そうったからです。
枕元の計は、まだ6でした。私は音をてないようにそっと布団をました。顔を洗い、いつものように台所へ向かいました。やかんにを入れ、にかける。お湯が沸くに、コーヒーカップを2つ並べました。
夫はずっと、朝はコーヒーでした。
砂糖は入れない。ミルクもいらない。
その好みは、30経った今でも体が勝に覚えていました。けれど、夫が今も本当にそれをみたいとっているのかどうか、私はもうりませんでした。
朝ご飯の支度をしながら、私は何度もカレンダーを見ました。
その付には、赤い丸がついていました。
3、私が自分でつけた丸でした。
昔は、そんなふうに印をつけなくても、2ともちゃんと覚えていました。子どもがさかった頃は、結婚記にで事をすることもありました。いではありません。駅のいでも、所のさな寿司でも、2で笑っていればそれだけで分でした。
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でも、いつからでしょう。
このは、何も言わないまま通り過ぎるようになりました。
私も、あえてにしなくなりました。
言って、もし夫がいさなかったら。
その方が怖かったからです。
7を過ぎた頃、夫が起きてきました。
「おはよう」
そう言いながら、夫はもうスマホを見ていました。
「おはよう」
私も返しました。
それだけでした。
卓には、焼き鮭と噌汁、卵焼きとほうれんのおひたしを並べました。普段ときく変えたわけではありません。ただ、卵焼きだけは、夫が昔好きだと言ったにしました。
し甘めで、めてもおいしい卵焼き。
夫は席につくと、何も言わずに噌汁をみました。卵焼きをに入れても、特に反応はありませんでした。
まずいとも、うまいとも言わない。
それが、今の夫でした。
会社へく、夫はネクタイを締めながら、珍しく鏡をく見ていました。いものが増えた髪を、指で何度もえています。
ここ半ほど、そういうことが増えました。
しいシャツ。しそうな靴。帰りの遅い。
聞けば、夫はいつも「仕事だ」と言いました。
私は「そうなんだ」としか言いませんでした。
言えなかったのかもしれません。
本当は、しから何かが変わっていることに気づいていました。けれど、気づかないふりをしていれば、このはまだと同じ形をしていられる気がしたのです。
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夫が玄関で靴を履きました。
「ってきます」
その背を見ながら、私は今こそ何か言おうかといました。
今は記だね。
く帰れそう?
たったそれだけでよかったのに、声は喉の奥で止まりました。
「ってらっしゃい」
ていく夫は、振り返りませんでした。
ドアが閉まると、のが急に静かになりました。その静けさが朝よりもくじられて、私はしばらく玄関にったままでした。
昼過ぎ、買い物の帰りにケーキのでが止まりました。
ガラスの向こうに、丸いさなケーキがいくつも並んでいました。赤い苺がのったもの、いクリームがきれいに塗られたもの、チョコレートで飾られたもの。
30。
その数字をうと、買って帰りたい気持ちがわきました。
けれど、夫が覚えていなかったのことを考えると、がきませんでした。の扉にをかけることもなく、私はそのまま通り過ぎました。
夕飯は、いつもよりしだけ丁寧に卓をえました。
夫の好きだったい皿をし、しまい込んでいたランチョンマットも久しぶりに広げました。自分でも、何を期待しているのか分かりませんでした。
ただ、もしかしたら今は、何かがしだけ元に戻るかもしれない。
そんな気持ちが、どこかに残っていたのです。
けれど、夜に帰ってきた夫の最初の言は、予していなかったものでした。