"75歳の老婆をと20キロのヒラメ" 第1話
毎、を使い続ける老がいる。
犯罪に関わっている疑いがある。
関の唐戸のくで30、刺を営んできた主・賢治が、やがて警察に相談することになる来事は、そんな穏な違から始まった。
2023117、曜の午2。
港産の引き戸が、がたんと音をてていた。
賢治は包丁を置き、いつものように顔をげた。
「いらっしゃいませ」
そう言いかけたが、途で止まった。
敷居をまたいで入ってきたのは、腰の曲がった老婆だった。
は75歳ほどに見えた。髪はところどころ抜け落ち、顔にはいしわが刻まれていた。あせた黒いジャンパーは糸がほつれ、つま先に穴のいたスニーカーからは、古びた靴がしだけ覗いていた。
観客や常連客で賑わうのくでは、こういうなりの寄りは、たいてい先を眺めるだけで帰っていく。賢治も、最初はそうった。
けれど老婆は内に入り、槽のでを止めた。
濁った目ではなかった。
さく細い目は、槽のをゆっくりと確かめるようにいていた。
賢治はし慎な声で尋ねた。
「おばあさん、何にしましょう」
老婆は震える指をげ、槽の奥を指した。
「あそこに、ヒラメはありますか」
声はさかったが、はっきりしていた。
賢治は槽にづき、泳いでいるヒラメを確認した。
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「ええ、ありますよ。今朝入ったばかりのしいものです。どれくらいにしましょう」
老婆は度だけ唇を結んだ。
それから、古びた茶の布財布をジャンパーの内側から取りした。何度も折り畳まれた跡があり、角は擦り切れている。
その財布を両で抱えるように持ち、老婆は静かに言った。
「20キロください」
賢治はわず聞き返した。
「え、20キロですか」
「ええ、20キロ」
老婆の声は淡々としていた。
賢治はので素く計算した。
ヒラメは1キロ6000円。20キロなら12万円になる。宴会や料理なら分かる。けれど、目のにいるのは、穴のいたスニーカーを履いた痩せた老婆だった。
「おばあさん、20キロと言ったら、が何もべられる量ですよ。言い違いではないですか」
賢治は失礼にならないよう、できるだけ柔らかい声で確かめた。
老婆は首を横に振った。
そして布財布をいた。
その瞬、賢治の目がきく見かれた。
財布のには、真しい1万円札がぎっしりと入っていた。
札特の、く乾いたの匂いが、かすかに先をかすめた。
「20キロでっています。ここにおがあります」
老婆は震えるで札を数え始めた。
1枚、2枚、3枚。
そのは齢のせいか細かく震えていたが、札を数える作だけは正確だった。
ちょうど12枚。
12万円だった。
賢治は、老婆の顔と札束を交互に見た。
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どう考えても辻褄がわなかった。
けれど、客がをして買うと言っている以、主として断る理由はない。
「おばあさん、こんなにたくさん、どこでお使いになるんですか」
賢治はい切って尋ねた。
老婆は顔を変えず、く答えた。
「使うところがあるんです」
それ以は何も言わなかった。
賢治は瞬迷ったが、30の商売でにつけた覚が、無理に踏み込むなと告げていた。
「分かりました。ただ、20キロとなると量がいので、用するのにしがかかります。30分ほどお待ちいただきますが」
「構いません。待ちます」
老婆はの隅に置かれた子に腰をろした。
背を丸め、両を膝のに置き、ただ正面を見つめている。
賢治は従業員を呼び、ヒラメを捌き始めた。
包丁をかしながら、どうしても老婆の姿が気になった。
子に座った老婆は、窓のを見るでもなく、携帯を触るでもなく、ただ同じ姿勢で座っていた。
まるで古い写真のから抜けしてきた物のようだった。
詐欺に遭っているのではないか。
誰かに脅されているのではないか。
あるいは、認症で判断がつかなくなっているのではないか。
賢治ののには、次々とな考えが浮かんだ。
30分ほどして、ヒラメの刺は発泡スチロールの箱4つに分けて詰められた。かなりのさだった。
賢治は箱を見ろし、老婆に尋ねた。
「おばあさん、これ、どうやって持って帰るんです。タクシーを呼びましょうか」