"銀の指輪の応募者" 第5話
固く結んでいた唇がかすかに震え、図面を握る彼女の指の関節が、く張っていた。
秘の伊藤が半歩づき、い声で尋ねた。
「会、丈夫でございますか? おをお回ししましょうか?」
ふみ子は答えなかった。ユトのろ姿が消えたガラス扉をしばらく見つめた、軽く顎をげ、静かにをいた。
「伊藤。あの青の名は、何と言ったかね?」
伊藤が素く元のタブレットを確認した。
「田ユト、30歳です。今回、建築設計職の公募に応募しております」
「田……ユト……」
ふみ子はその名を、声にさずにもう度、の奥底で繰り返した。
33階、会。
エレベーターをりたふみ子は、秘に「誰も入れるな」と言だけ残し、なの防音扉を固く閉めた。
広くて豪華な執務に1残されたふみ子は、全面ガラス張りの窓のにち、に広がる京のスカイラインを見ろした。しかし、彼女の目には何も映っていなかった。先ほどロビーで見た、あの青の顔がからどうしてもれなかったのだ。
あの頑固な目つき。当な扱いを受けても決して折れなかった、力い差し。ゴツゴツとしたで図面を抱きしめ、膝をつきながらも失われなかったあの気骨は、違いなく夫のき写しだった。
ふみ子の目のに、25の記憶が激しい涛となって押し寄せてきた。
広告
いくら忘れようとしても、いくらに壁を築いても、止めることのできない神聖な記憶だった。
25、ふみ子が35歳だった、建設のである「総建設」は、業界で注目される堅建設会社として急成を遂げていた。ふみ子が昼夜を問わず営業にて受注を取り、夫は才能溢れる才建築として、会社の設計部を全て統括していた。
息子の勇気は、まだ5歳になったばかりの、無邪気でらしい子供だった。
会社がきくなるにつれて目まぐるしく忙しい々が続いたが、仕事を終えた、族3で卓を囲む夕のだけは、世界で1番温かいだった。
そのの、夫は5歳の息子・勇気を連れて、方の実へと向かった。ふみ子は締め切りの規模プロジェクトのため、京のオフィスに残らなければならなかった。
夫は発、話の向こうで笑いながら言った。
『配するな、ふみ子。勇気を連れて無事にってくるよ。君は仕事を終えたら、ゆっくり休んで。しているよ』
それが、夫の最の言葉になった。
その夜、方は激しい豪に見われた。空が裂けるような鳴と稲妻が、のを激しく揺らした。夫が運転していた乗用が、の急カーブでブレーキが効かなくなり、ガードレールを突き破って崖のへと転落したのだ。
広告
警察からふみ子に話があったのは、夜を過ぎた頃だった。
『川さんのご族の方ですか? 今すぐ来てください。事故です』
その言で、ふみ子の世界は音をてて崩れ落ちた。
ふみ子は激しいに打たれながら、必のいで事故現へと駆けつけた。崖のの沼ので、無残にひしゃげたが発見され、その内で夫はすでにたくなっていた。全血まみれだったが、夫の両腕は、部座席に向かって必に伸びていた。最の瞬まで、が子をかばおうとしていたのだ。
しかし、部座席に座っているはずの5歳の息子・勇気の姿は、内のどこにもなかった。チャイルシートが激しくへこんだまま、空っぽになっていた。
すぐに規模な救助隊が投入された。崖のの渓と、豪で増した激しい急流を、何も昼夜を問わず捜索した。ヘリコプターまで員されたが、息子の痕跡はどこにも見つからなかった。
警察は、事故の凄まじい衝撃でに投げされた子供が、増した急流に流され、遺体が方になったのだろうと推定した。ふみ子は息子の遺体さえ見つからないまま、空のさな棺を用して、夫と共に葬儀を執りわなければならなかった。
夫の棺の隣に置かれた、息子のさな空っぽの棺。ふみ子はそので膝をつき、声をげて泣き崩れた。
い菊ののに流れ落ちる涙が、乾くはとしてなかった。