"十三年目の灯火" 第6話
町れの施設は静かだった。
窓から柔らかなのが差し込むさな部。そのベッドのに、は横たわっていた。
すっかり痩せ細った体だった。いと悔が、その背をさく丸めていた。は何を見るともなく、ただぼんやりと窓のを眺めていた。
久保は静かに枕元へ歩み寄った。
仁田はしれた所で、黙って見守っていた。
久保はしばらくの横顔を見つめてから、ゆっくりをいた。
「さん。港交通のタクシーがてきましてね」
老の濁った目が、わずかにいた。
久保は続けた。
「黒田さんの廃の、番底からです」
その言を聞いた瞬、の目がはっきりと揺れた。
いく閉ざされていた何かが、内側から震えたようだった。
部に沈黙が流れた。
計の針の音だけが、こつこつと響いていた。
やがて、の青い唇がかすかにいた。
「ずっと……誰にも言えんかった」
しわがれた、消え入りそうな声だった。
「この胸につかえたまま、13や」
は、く背負ってきたい荷物をようやくろすかのように、あの夜のことをぽつり、ぽつりと語り始めた。
それはたいのる夜だった。
経理の坂は、田の汚れたにをつけていた。まとまった現を鞄に詰め、逃げようとしていた。帳簿の正が田にられれば、ただでは済まない。
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坂はそれを恐れていた。
その夜、坂は自分がつけられていることに気づいた。
田の差し向けた男たちに追い詰められた坂は、繁華ので、ちょうど客待ちをしていた1台のタクシーに転がり込んだ。
それが、田のだった。
「とにかくってくれ。く、を変えてくれ」
尋常ではないその様子に、田はただならぬものをじ取ったのだろう。
ろから、ライトを消した黒いが追ってくる。
田はアクセルを踏み込み、逃げ始めた。
はそこできく息を吐いた。
「あの運転は、ただに逃げとったんやない」
久保と仁田は、息を呑んで続きを待った。
「あの、のの駐所へまっすぐ向かおうとしとった。お巡りさんのいる所へな」
田は、もらぬ震える客を見捨てなかった。
刻もく、警察の全な灯のもとへ送り届けようとしていた。
それが、あの夜の最の無線。
「区の方へ、距になりそうです」
あのこわばった声の、本当のだった。
しかし、田のタクシーは駐所へたどり着けなかった。
追ってきたが、あいの暗いでタクシーのろにぶつかった。そして、そのまま横へ押しした。
気のないの。
はきく壊れ、田も坂も、そので息を引き取った。
「田は、えらい慌てとった」
の声は震えていた。
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「ごと消せ、と言われた。言われるまま、黒田の廃へ運んだんや。ほんで、から何台も何台も廃を積みげて、のに埋めてしもうた」
そうしてすべては、1台のタクシーと共に暗いの底へ葬りられた。
13もの、誰にもられることなく。
語り終えたは、げっそりとした顔で目を閉じた。い告を終えて、その体は層さく見えた。
久保はゆっくりと目を伏せた。
分かった。
すべて分かった。
田茂は、を持って逃げたのではなかった。
族を捨てたのでもなかった。
あのは最の最まで、震える見らぬ客をなんとか助けようとし、全な所へ送り届けようとして、その途で命を落としたのだ。
逃げた男と噂されたそのは、本当は誰よりもまっすぐで、の良い、あの昔ながらの田のままだった。
トランクの鞄に残された傷んだ類。
坂の失踪記録。
廃の底に埋められたタクシー。
そしての絞りすような告。
ばらばらだったすべての点が、今、1本の真っすぐな線でつながった。
田はもういない。
黒田もいない。
けれど、最に残った1の証、の証言によって、の夜に消えた1台のタクシーの事件は、13といういを超えて、ようやく真実にたどり着いた。
そのの、田茂の葬儀が、改めてしめやかに営まれた。
13というい空を経て、息子の健は変わり果てた父の遺骨を胸に抱きしめた。
そして、い言いたくても言えなかった言葉を、静かににした。
「お父さんは、何も違ってなかった」
その目から、筋の涙がこぼれ落ちた。
けれど、それはもう悔し涙ではなかった。
葬儀の片隅では、髪の久保がくをげていた。胸の底でいくすぶり続けてきた種が、ようやく静かに消えていくのをじていた。
すべてが終わり、へ戻った佳代子は、ゆっくりと玄関へ歩み寄った。
そこには、さな灯がいつものように灯っていた。
夫が消えたあのの夜から13。
ただの晩も欠かすことなく、夫がいつ帰ってきてもいいようにと灯し続けてきた灯だった。
佳代子はそっとを伸ばした。
そして、その灯を初めて消した。
暗くなった玄関で、佳代子は柔らかく微笑んだ。
「もう、待たんでもええね」
しを置いて、彼女は続けた。
「あなたは、ちゃんと帰ってきてくれたんやから」
窓のでは、がりの神戸の町のかりが、くく、いつもと変わらず瞬いていた。
い夜は、ようやくけた。
― 完 ―