"十三年目の灯火" 第2話
鍋の噌汁も、何度も温め直されることのないまま、え切っていた。
佳代子は計を見た。
いつもなら、どれほど遅くても帰ってくるだった。
胸騒ぎを抑えきれなくなった港交通が警察に届けたのは、翌朝になってからだった。
そこから、い捜索が始まった。
警察は田のタクシーが向かったとされる区の沿いのを、しらみつぶしに調べていった。に濡れた、へ続くガードレールの切れ目、気のない林、沿いの埠、れのため池。
ごと姿を消したのなら、どこかに沈んでいるのではないか。
そう考えられる所は、1つずつ確認された。
けれど、どれだけ探してもタクシーは見つからなかった。
体のかけら1つ、タイヤの跡1つてこない。
運転の田も、その夜に乗せたはずの客も、まるでに溶けてしまったかのように、町から姿を消していた。
事件を担当することになったのは、元警察署の刑事、久保正彦だった。当40代半ばの、経験を積んだ腰の据わった刑事である。
久保はを1軒1軒尋ね歩き、な聞き込みをねた。
「あの夜、何か変わったことはなかったか」
「田のタクシーを見かけた者はいないか」
しかし、寒いの夜だった。を歩くはなく、目った証言はなかなかてこなかった。
そんな、久保のに引っかかった話が1つだけあった。
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繁華の片隅で台をしていた配の主の証言だった。
台の主は、湯気のつ鍋をかき混ぜながら、記憶をたどるように目を細めた。
「そういえば、あの晩な。客待ちのタクシーのろの方に、1台変なが止まっとったんや」
久保は帳をき、を乗りした。
「変な、というと?」
主はし考えてから答えた。
「ライトを消しとってな。ので、エンジンをかけたまま、じっと止まっとった。誰もりてこんし、客待ちをしているでもない。黒っぽい、結構ええやったとうわ」
久保のペン先が止まった。
「何か気になったんですか」
主はさくうなずいた。
「あそこのタクシーを見張っとるみたいなじがしてな」
ライトを消した黒っぽい。
久保はその言葉を帳にき留めた。
だが、分かったのはそこまでだった。種もナンバーも、誰も覚えていなかった。台の主のおぼろげな記憶のほかに、そののを裏付けるものは何1つてこなかった。
をつかむような話だった。
やがてそのさな証言は、きを失ったまま分い捜査資料の片隅へしまい込まれていった。
季節はへと移り、神戸の町には枯らしが吹くようになった。それでも田の方は分からなかった。
団の玄関では、佳代子の灯すさな灯が、そのも消えることなく揺れていた。
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夫がいつ帰ってきてもいいように。
の夜に消えた1台のタクシーを巡るい物語は、誰にも真相が分からないまま、静かに幕をけた。
事件のことは、やがて世からしずつ忘れられていった。
田が消えてしばらくのは、元の聞にもさな記事が載った。
「タクシー運転、乗客と共に方」
けれどしいがかりが何1つてこないままが過ぎると、その文字が々のにのぼることも、潮が引くようになくなっていった。
が来て、桜が散り、が来て、またが巡る。
世のというものは、残酷なほど何事もなかったかのようにいていく。
しかし、田のだけは違っていた。
団のでは、まるで計の針があのの夜で止まってしまったかのようだった。
佳代子は夫が消えたも、毎晩玄関のさな灯を消さずにつけ続けた。台所には、相変わらずふかした芋や、温められるようにした噌汁が用されていた。
「お父さんが、いつ帰ってきてもええようにね」
佳代子は、そうぽつりと言った。
では分かっていたのかもしれない。
もう帰ってこないのかもしれない、と。
けれどその灯を消してしまうことは、夫の帰りを自分ので諦めてしまうことのようにえて、どうしてもできなかった。
辛かったのは、方のれない夫を待つことだけではなかった。
所の商へ買い物にると、佳代子のにない噂が聞こえてくるようになった。