"柿の木の下、三十年の帰郷" 第4話
「健、考えすぎだ。おばさんもいいなんだ。何があるって言うんだ」
私は佐藤さんの言葉を信じ込んだ。今えばそれは自分に対する言い訳に過ぎなかった。
昨末駐屯の幹部異があり、私は幹部に昇した。昇式の、数百の隊員が座る、私は演壇にいた。緑の制と子についた記章がキラキラとっている。
私の名が呼ばれた、ちがって礼をした。割れんばかりの拍が響いた。その私ののに浮かんだのは母のことだった。息子が幹部になったとったらどんな顔をするだろうか。
式が終わり宿舎に戻って鏡を見た。鏡のの男はもうすぐ 40 歳。目尻にはシワが刻まれ、もみあげには髪が混じっている。顎の傷跡は昔の訓練でついたものだ。
この制を着た男があの戸籍を盗みしたと同物だとは到底えなかった。
夜私は母に話をかけ昇したことを伝えた。話の向こうでしばらく沈黙が続いた。波が悪いのかとい、何度か「もしもし」と声をかけた。
すると母が泣いている声が聞こえた。声を押し殺し、喉の奥から絞りすような鳴き声だった。
「よくやったね。自の息子だよ」
「母さん、来休みをもらって顔を見に帰るよ」
母は沈黙した。無理しなくていいとは言わず、「気をつけておいで」
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とだけ言った。
私は話を切り、すぐに休暇届けをき始めた。申請はスムーズに通った。休みに入る数、私は仕事を部に引き継ぐ作業をした。
発のの夜、売で母が好きな菓子をたくさん買った。子供の頃母がから買ってきた菓子を自分ではべずに細かくちぎって私のに入れてくれたのを覚えている。
さらにの温かいダウンコートも買った。触りが柔らかくには膝まで隠れて温かいだろうとった。
帰りの切符は 1 番い席だ。駐屯から県庁所まで丸 1 かかり、そこからバスで町まで 3 。計算すると末の忙しい期にに着くはずだった。
駐屯からをすと言われたが、私は断った。公用で駐屯に迷惑はかけたくなかったのだ。
発のの朝、母に話を入れた。「今発しての午には町に着くよ」
母は「うん」と答えたがその声はいつもと違い、ひどく緊張しているように聞こえた。「どこか具でも悪いのかい」
「いやなんでもないよ。気をつけてね」
それが話越しに聞いた母の最の言葉になるとはいもしなかった。
ので私は眠れなかった。窓のの真っ暗な平や々、の灯りが次々と通り過ぎていく。内は混雑し、カップラーメンの匂いやいびきが混ざりっている。
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私は子で顔を覆いながらには母に会えると考えていた。制姿で帰ったらきっとんでくれるだろう。
ふとあの戸籍を盗んでをたのことをいした。あのもに乗り窓のを見ていた。17 歳の私は怖いものらずで世界が自分を待っていると信じていた。
今私はもうすぐ 40 歳。々な経験をしてきたのに帰郷がづくと細くなっていた。母の体が悪くなっていないか。1 で寂しいいをしていないか。私に何か隠し事をしているのではないか。
の揺れる音ので私はうとうとと眠りに落ちた。
県庁所に着いたのは翌の午だった。荷物をに改札をるとホームはで溢れ返っていた。私はバスターミナルへ向かい町への切符を買った。
古いバスは隙が入り、私はコートの襟をてて窓のを見た。裸の々や柱、くのぼんやりとした々。このを通る回よりも揺れがひどくなっているような気がした。
町に着く頃にはが沈みかけていた。バスをりて通りにつと以来たよりもずっと賑やかになっていた。しいがいくつか増えはコンクリートで舗装されていた。
でも昔からある商や入の古い柿のはそのままだった。駅で客待ちをしていた古いタクシーを見つけ「沢まで」
と頼んだ。
運転の老はバックミラー越しに私をちらりと見て言った。「あんたあののか?」
「ええ」
「誰のだ?」
「よし子のです」