"柿の木の下、三十年の帰郷" 第3話
届けてくれたのは町でさなをいている親戚のおばさんだった。「おばさん、目が悪くなってるのに半もかけてこのセーターを編んでたんだ。夜暗い球ので編むもんだから編み針で何度も指をついてたよ」
親戚はし話すとすぐに帰ってった。私はのところで彼のバイクがりるのを見送った。私はしばらくそのからけなかった。に持った布の袋のみがのひらから伝わってくる。
私はすぐに母に話をかけた。事務所の古いダイヤル式話をじりじりと回す。話にたのは隣ののおばあさんだった。「母を呼んでくれ」
話で音が聞こえた、母の声が響いた。「もしもし」
その声はひどく掠れていて、瞬誰か分からなかったほどだ。「母さん、セーター、届いたよ」
「そうか。届いたか?サイズはうかい?」
「ぴったりだよ」
「それならよかった。もったいぶらずに着なさい。ほつれたらまた編んであげるからもう慮しなくていいよ」
「目が悪いんだから休んでてくれ。セーターを編まないでどうするんだ?」
「畑も減らしたし暇で仕方ないんだよ」
話の向こうで私と母はしばらく沈黙した。鶏の鳴き声や鍋のぶつかる音が聞こえる。私がをたあのの朝と同じ音だった。
「母さん、この仕事が段落したら顔を見に帰るよ」
広告
「おの仕事が事だ。無理して帰ってこなくていい」
話を切った、私は事務所ので 1 本のタバコを吸った。部からもらったタバコだ。普段は吸わないが、そのはをつけてく吸い込んだ。煙が喉に引っかかり、2 度咳き込んだ。し目がうるんでいた。
それからまた数が過ぎ、私はあちこちへ転勤になった。からへ、故郷はどんどんくなった。階級もがり続け、ついに連隊の副連隊になった。
そのに 1 度だけに帰ったことがある。おじさんが 70 歳になり、特別休暇をもらったのだ。町の診療所のベッドでおじさんは痩せこけ、私のを握りながら言った。「俺は丈夫だ。仕事に穴をけるなよ」
2 付き添ったが、おじさんは息を引き取った。お葬式の、私は母の姿をずっと見ていた。髪はすっかりくなり、背は丸まり、歩くに片を引きずっていた。
「、どうしたんだ」と聞くと「ちょっと転んだだけさ」と答えた。「どうして病院にかなかったんだ?」
「ったさ。町の先が骨には異常ないって。湿布を貼れば治るってさ」
母がをし渋っているのは分かっていた。胸が締めつけられるいだった。
帰る私はおを置いてこうとしたが母は頑なに受け取らなかった。私は無理やり枕のにおをねじ込んだ。母はバスまで見送りに来てくれた。
広告
距バスに乗り込み、窓からを見ると母がに髪を揺らしながらっている。で髪を抑えながら私に向かってを振っていた。
バスがりし、ろの窓から見る母の姿はだんだんとさくなり、やがて見えなくなった。
駐屯に戻ってから私は頻繁に話をかけるようになった。に 2 度は必ずかけた。母はもくなっていて、私は声で話し、母も話の向こうで声で答えた。
話す内容はいつも同じだ。「ご飯はべたか」「寒くないか」「配するな」の繰り返し。
ある話の向こうで男のい話し声が聞こえた。何を言っているかは聞き取れなかった。「誰だ」と聞くと「所のが物を借りに来たんだよ」と母は答えた。
私はく考えなかった。だが、そのその男の声が何度か聞こえるようになった。私が尋ねると母はいつも話を逸らした。
「じゃがいもが取れたからたくさん漬け物にしたよ。帰ってきたらべさせたいね」
私がしつこく聞くと母はし嫌になった。「あれこれ聞くもんじゃない。私は元気でやってるんだから」
ので何かが引っかかっていたが、何百 km もれた所からはどうすることもできなかった。私はこのことを以の司である佐藤さんに相談した。彼はすでに退役し、県庁で役職についていた。
「おばさん 1 なんだから所のが世話を焼いてくれるのは悪いことじゃないだろう」
「でも男の声なんですよ」