"壁の中の美大生" 第8話
伊藤と田が指定された所へ向かうと、そこは甲府内のさな喫茶だった。
がりの午で、窓のには濡れたが並んでいた。
奥の席に、1の女が座っていた。
40代半に見えた。髪はに束ねられ、化粧気もほとんどない。元のコーヒーカップには、度もをつけていないようだった。
伊藤がづくと、女は肩を震わせた。
「渡辺さんですね」
その名を聞いた瞬、女の顔から血の気が引いた。
しばらくして、彼女はさくうなずいた。
「今は……森田子という名で暮らしています」
田が驚いて尋ねた。
「あなたは12、アメリカに留学したことになっていました。ですが国記録はありません」
は両でカップを包み込んだ。
「留学なんてしていません。そういうことにしろと言われたんです。誰にも会うな、名を変えろ、過を捨てろ。そうしないと、私も美紀と同じになると」
伊藤は静かに聞いた。
「誰に言われたんですか」
は唇を震わせた。
「郎です」
喫茶ので、くの器の音だけがさく響いた。
はゆっくりと語り始めた。
1990当、彼女と美紀は同じ美に通う親友だった。美紀は貧しいのだったが、絵へのだけは誰にも負けなかった。昼は学、夜は畔のカフェでアルバイトをし、空いたはずっと絵を描いていた。
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そんな美紀に声をかけたのが、カフェのマスター鈴勝だった。
「君の才能を見てくれるがいる」
鈴はそう言って、美紀を郎の美術サロンへ連れてった。
最初、美紀はんでいた。
自分の絵を認めてもらえる。
貧しいの娘でも、才能があれば未来を変えられる。
そう信じていた。
だが、美紀が任されるようになった仕事は、自分の絵を描くことではなかった。
額に入った絵を運ぶ。
指定された所へ届ける。
受け取った現を別の物に渡す。
はさく息を吸った。
「美紀は途で気づいたんです。自分が運んでいる絵が、贋作だと」
伊藤は帳をいた。
「だから記録を残した」
はうなずいた。
「美紀は怖がっていました。でも逃げるだけでは終わらないと言っていました。証拠を持って警察にくつもりだったんです」
田がを乗りした。
「19901111の夜、あなたは美紀さんに会う予定だったんですね」
の目に涙が浮かんだ。
「はい。駅の3Bロッカーに証拠を入れて、そのあと2で逃げる約束でした」
彼女は指先でカップの縁をなぞった。
「でも、美紀は来ませんでした」
その声は、12押し殺してきた悔で震えていた。
渡辺の証言によって、19901111の夜の輪郭が、しずつ形を持ち始めた。
その夜、美紀は畔のカフェでアルバイトを終えた。
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を閉めた、彼女は恋の田賢治と会った。
田は美紀が急に持ち始めたを問い詰め、別れを切りした。美紀は本当のことを言えなかった。田を巻き込みたくなかったからだった。
2は激しく論した。
田はりを抑えきれず、10頃にそのをった。
ここまでは、田の証言と致していた。
だが、そのが違っていた。
美紀はそのまま逃げるつもりだった。
しかし、カフェのに戻った、鈴勝が待っていた。
「最に話がある」
鈴はそう言って、美紀を内へ入れた。
はしれた所で、美紀を待っていた。
約束のを過ぎても美紀は現れなかった。配になったは、カフェの裏へ向かった。
そこで、声を聞いた。
美紀の声だった。
「もう嫌です。私は警察にきます」
そのに、男の鳴り声が続いた。
「おに何ができる。誰が信じるとっている」
は物にを隠し、震えながらを覗いた。
の奥には、美紀、鈴勝、そして郎がいた。
美紀は胸にきな絵を抱えていた。
それは、に実に残された最の絵だった。
はい声で言った。
「それを渡せ。帳も通帳もだ」
美紀は首を横に振った。
「渡しません。全部、るみにします」
鈴は泣きそうな顔で美紀にづいた。
「美紀ちゃん、頼む。さんに逆らったら終わりだ。君だけじゃない。
君のお母さんも、ちゃんも危ない」
美紀は鈴を見た。
その目には失望があった。
「マスターは、私の方だとっていました」