"樹海の白いマスク" 第7話
は2度、自ら命を絶とうとした。
1度目は2009、眠薬の過剰摂取だった。配して訪ねてきた美幸が発見し、救急を呼んだ。
2度目はその翌だった。浴で倒れた音を隣民が聞き、警察に通報した。は再び救われた。
その、松沢病院の精神科病棟に3か入院した。退院も通院とグループセラピーを条件に、治療は続けられた。
はきようとした。
本当に、きようとした。
だが、それは活というより、毎を耐えることだった。
記憶と戦い、痛みと戦い、にたいという衝と戦うだった。
事件から5の2012、島は自宅アパートでくなった。
因は、オピオイド系鎮痛剤とアルコールの過剰摂取だった。事故か、自ら選んだものか、はっきりとは分からなかった。郵便受けに郵便物が溜まっていることに管理が気づき、内で発見されたには、すでに3が経っていた。
33歳だった。
葬儀は神奈川県の実くで、静かにわれた。両親の墓のそばに葬られた。参列者はくなかった。美幸、元同僚数、理士、い親戚。僧侶がい読経をし、苦しみからの解放について語った。
を奪った事件は、未解決のままだった。
マスクの男は見つからなかった。
特定されることも、裁かれることもなかった。
事件を担当した刑事たちは、しいDNA照技術やデータベースの拡張があるたびに、何度も記録を見直した。
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証言を読み返し、洞窟の位置を推定し、たながかりを探した。
それでも、何もなかった。
犯はんだのかもしれない。
森のどこかで命を絶ったのかもしれない。
別のへ移ったのかもしれない。
あるいは、今もどこかにいるのかもしれない。
青ヶ原の森は、以よりもい警告を掲げるようになった。単独登の危険、特に女性1での入への注。グループですること、登届をすこと、GPSトラッカーや緊急通報を持つこと。標識のないへ入らないこと。
けれど、警告がいつもを守るとは限らない。
広な森のでは、は簡単に孤する。
迷うことも、怪をすることもある。
そしてには、最も危険なものが野物ではなく、同じであることもある。
島は10、青ヶ原の奥で獄を見た。
肉体は救された。
だが、はその洞窟から戻れなかった。
2007716以のは、森ので壊された。救助されたの5、彼女は何度も普通の活へ戻ろうとした。仕事へ戻ろうとし、関係を取り戻そうとし、自分のを取り戻そうとした。
それでも、記憶は消えなかった。
恐怖はれなかった。
2012、彼女の体はようやくの限界に追いついた。
マスクの男は、あの洞窟でのを奪った。
彼女がその5きていたとしても、彼女の部は、あのからずっと青ヶ原の暗い洞窟に取り残されたままだった。
これは、美しい森に潜んでいた恐怖の物語である。
自然はにを癒やす。
しかし孤独な森の奥では、の最も暗い部分と会ってしまうこともある。
島の名は、今も未解決事件の記録のに残っている。
そして彼女が最に伝えた言葉だけが、森の静けさので今も響いている。
「マスク」
そのい歪んだ顔の正体は、今も分かっていない。