"母は沖縄へ消えた" 第7話
沖縄での活は、像以に素らしいものだった。毎朝5に起きる習慣は変わらないが、今は誰のためでもなく、自分のために起きている。カーテンをけると、目のには朝に照らされたエメラルドグリーンのが広がっている。息子のでは音をてないよう、忍者のように怯えながらんでいたコーヒーも、今はベランダの爽やかなをじながら、からわうことができる。
朝のは、岸沿いをウォーキングするのが課となった。
「おはようございます、桜井さん」 「おはようございます」
同じマンションにむ穏やかな方々との挨拶が、よく響く。ここでは、私は1のとして、温かく尊されているのだ。週に3回は、域のヨガ教に通い始めた。
「久子さん、随分と体が柔らかくなりましたね!」 「ありがとうございます。なんだか、体だけでなくまで軽くなったような気がします」
インストラクターの言葉に、私はの底から笑った。まったくその通りだった。息子のでじていたあの苦しい圧から解放され、ともに見違えるほど若返っていくのをじていた。
午は、マンションの共用スペースでかれる趣の琉球料理教に参加している。
「久子さんの作る料理、本当にね!」 「38、毎料理を作り続けてきましたから。
広告
でも、こんなに楽しく料理をするのは、で初めてです」
楽しんで作る料理が、1番美しい。仲たちと作った料理を囲んでおしゃべりを楽しむは、私がい忘れていた、本当の平なだった。
さらに先、現の方から私の経歴を見たと言って、連絡があった。
「桜井さん、週に2だけでもいいので、融相談員として働いていただけませんか?」
私のこれまでの経験が、このしいでも必とされている。
「んで、お引き受けします」
働くびを再びじることができた。お客様から「ありがとうございました」と言われるたびに、自分の確かな価値を実する。
夕方、に沈んでいく美しい夕を眺めながら、私はき夫のことをいしていた。
(あなた、私は今、本当の自分のを取り戻して、幸せにきているわよ)
夫なら、きっと今の私を優しく褒めてくれるだろう。スマートフォンに残っていた拓也からの「母さん本当にごめん。もう度やり直したい」という最のメッセージを、私は静かに削除した。もう、過の傷跡に縛られる必はどこにもない。
理尽な扱いに屈せず、自分の尊厳を守るために勇気を持って踏みすこと。何歳からでも、はしく輝かせることができるのだ。私は沖縄の穏やかなに包まれながら、輝く未来へ向かって、力く歩み続けている。