"たった五万円と言われた夜" 第2話
あなたの領域ではない。
そこにいられると困る。
そんな空気が、まっすぐかよの胸を刺した。
「ごめんね」
かよはそれだけ言い、逃げるようにキッチンへ向かった。
いつものように使い終わった湯みをげようとすると、今度は美咲が音もなく背にっていた。
「お母さん、洗い物は私の線なんで、をさないでください」
かよは湯みを持ったまま固まった。
ではなく、邪魔な物のように扱われている。
そう痛した。
賢はソファに寝転がり、テレビにだった。母のに気づきもしない。玲奈の湯みを片づけようとした、美咲の声が度目にんだ。
「だから、それ置いといてって言ってるじゃないですか。私がやりますから」
度目の拒絶。
何をしても邪魔になる。
何もしなくても邪魔になる。
このに、母親としても祖母としても、もう居所はない。
かよは痛いほど理解した。
リビングの隅には、かよの指定席であるさな子があった。
子と言っても、ほとんど通のような位置だった。族がテレビを見る界には入らない。そこに座ると、族の声は方に聞こえるのに、かよの声は誰にも届かない。
「玲奈、今の模試、本当にすごかったわね」
かよが声をかけても、返ってきたのはテレビの笑い声だけだった。
賢は母の言葉を拾おうともしない。
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名で呼ばれたのは、いつが最だっただろう。
線を向けられたのは、いつだっただろう。
かよは音をてずにちがり、自へ戻ろうとした。
その、ソファの背もたれの向こうから、美咲のさな声が聞こえた。
「今の寿司代、ありがたがってたけど、本当にたった万ぽっちなんだよね。うちの計のほうがよっぽど苦しいのに」
続いて賢の笑い声がした。
「母さんは気持ちよく払ってるんだよ。ああいうタイプは、やらせとけばいいんだって」
やらせとけばいい。
その言葉は、毒を塗った針のように、かよの背へ突き刺さった。
私はこののATMで、政婦で、邪魔な置き物だったのか。
族ではなかったんだ。
かよは廊の気もつけず、に溶け込むように自へ入った。
ベッドに腰をろす。
呼吸が浅く速くなる。
もう終わりにしよう。
寿司で折れた何かが、今、確かな形を持ち始めていた。
のがカーテンの隙から細く差し込み、暗い部を静かに照らしていた。
かよは古びたドレッサーのに座った。
そこには枚の写真が置かれている。
にくなった夫、正の写真だった。
写真のの正は、いつもの優しい笑顔でこちらを見ていた。
まるで今のかよのを、すべて見透かしているようだった。
「あなた」
かよは震える指で写真てのガラスを撫でた。
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「私、違っていたのかもしれないわ」
答えが返ってくるはずはない。
それでも、語りかけずにはいられなかった。
涙が筋、頬を伝い、膝のに落ちる。
正がくなる、病のいシーツので、かよのを握ってくれたのことが鮮に蘇った。
「かよ、俺のことはもういい。これからはおのをきろ」
「好きなことをして、笑って過ごせ」
「俺が国から守っているから」
夫の最の言葉だった。
その約束を、自分は守れていただろうか。
いや、守るどころか、真逆のを歩いてしまった。
夫が残してくれたささやかな資産と、自分のを切り崩し、ただ息子族のために尽くしてきた。
同居を決めたのはだった。
賢が事業に失敗し、額の借を抱えたのがきっかけだった。
「母さん、助けてくれ」
そう言ってをげる息子を、かよは見捨てられなかった。
玲奈はまだ幼かった。
美咲も涙を浮かべていた。
かよは自分のを売り、賢たちが購入した世帯宅のローンの部を肩代わりし、同居に踏み切った。
困っている息子族を助けたい。
ただそのだった。
だが、その善はいつしか当たりの権利へ変わった。
最初の頃にあった「ありがとう」は、にになくなり、やがて完全に消えた。
かよが事をすることも、銭な援助をすることも、彼らにとっては当然になった。
そしていつしか、かよ自が、を回すための部品のつになっていた。