"32億の貧乏母" 第1話
第章 のない母
「もないのに、緒にむの?」
その言が、夜の静かな部をたく切り裂いた。
澄子、歳。夫の正をくしてから、駅からしれた古いアパートで、静かに暮らしていた。畳の縁はし擦り切れ、台所の棚には必最限の器だけが並んでいる。派なものは何もない。けれど澄子にとっては、自分のでえた切なまいだった。
その夜、息子の雄と嫁の織が久しぶりに訪ねてきた。澄子はいつものな普段着のまま、急須でお茶を淹れ、のに湯呑みを置いた。雄はしばらく湯呑みを見つめていたが、やがて顔をげた。
「母さん、実は相談があって」
澄子はし背筋を伸ばした。
「何かしら」
「僕たち、を買うことにしたんだ。それで……母さんも緒にまない?」
その瞬、澄子の表がぱっとるくなった。胸の奥に、く忘れていた温かいものが広がる。夫をくして以来、誰かと暮らす未来を考えたことなどなかった。息子が自分を必としてくれている。そうっただけで、目の奥がくなった。
「本当? 嬉しいわ」
しかし、雄はすぐに線をそらした。織は腕を組み、し面倒そうにを組み替える。その空気の変化に、澄子はさな違を覚えた。
そして雄が言った。
「でも母さん、もないのに緒にむのは……活費とか、どうするつもり?」
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澄子は湯呑みに伸ばしかけたを止めた。部のの計の音だけが、やけにきく響いた。
織も、待っていたようにをいた。
「正直、お荷物になるじゃないですか。うちの親みたいに援助してくれるならともかく」
澄子はの顔をじっと見つめた。そこにあるのは配ではなかった。負担を避けたいというたさと、見すようない笑みだった。
けれど澄子は鳴らなかった。涙も見せなかった。ただ静かに微笑んだ。
「そう。もない親は、お荷物なのね」
その穏やかすぎる声に、雄と織は瞬だけ黙った。澄子の微笑みが、なぜかいつもの母親のものとは違って見えたからだ。
その夜、が帰ったあと、澄子は窓辺にった。では灯のが濡れたをぼんやり照らしている。胸の奥に沈んでいた記憶が、ゆっくりと浮かびがってきた。
、夫の正が急逝した。葬儀のあと、弁護士から告げられた遺産の額に、澄子自も言葉を失った。会社の売却益、株式、産。総額は像を超えていた。
けれど澄子は、それを息子にかさなかった。
おがあるとれば、雄は自分を母として見るのか。それとも財産として見るのか。確かめたかったのだ。
澄子は棚から古いアルバムを取りし、ページをめくった。幼い雄が笑っている写真、運会で転んで泣いている写真、学の入学式のに照れくさそうにつ写真。
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「この子には、まっすぐなになってほしかった」
そう願って、澄子はあえて質素な暮らしを続けてきた。いアパートにみ、スーパーの特売品を買い、もないふりをした。母親として、ただされるかどうかをりたかった。
けれど、現実は残酷だった。
息子夫婦は、彼女を「もない貧乏な親」としか見ていなかった。
第章 施設という提案
翌週の昼がり、澄子が台所で根を煮ていると、話が鳴った。古い固定話の音が、狭い部に乾いた響きを残す。澄子はをめ、濡れたを布巾で拭いて受話器を取った。
「もしもし」
「母さん。このの話だけど」
雄の声だった。し言いにくそうではあったが、そこにろめたさはなかった。
「やっぱり同居は難しいかな」
澄子は鍋の湯気を見つめながら、静かに聞いていた。
「そう」
「だって母さん、もないんでしょう。僕たちだって、そんなに余裕があるわけじゃないし」
受話器の向こうで、織の声がかすかに混じった。
「ちゃんと言ってよ。養う余裕はないって」
雄はさく咳払いをした。
「それに織も言ってるんだけど、母さんを養う余裕はないって。……でもね、いい施設があるんだ」
澄子の指先が、受話器をしく握った。
「施設?」
「うん。万円くらいで入れるところ。母さんもそのほうが楽でしょう。